米国人とウクライナ人は「トランプ和平」に何を見ているのか
両国の世論から読み解く戦争の行方
- 2024/12/30
大統領選挙で「ロシアとウクライナの戦争をすぐに止めさせる」と公約して当選した米国のトランプ次期大統領。その就任が2025年1月20日に迫る中、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻した際に対ウクライナ軍事支援に積極的だった米世論は、様変わりした。具体的には、しつこいインフレや国民の負担増を招いた移民問題で米経済が疲弊するなか、これ以上のウクライナに対する援助に反対する声が賛成を上回り始めたのである。
一方、苦戦を強いられ、米国の軍事的な後ろ盾を失えば国が亡びるかもしれない被侵略国のウクライナでも、驚くべきことに半数近い国民が「トランプ次期米大統領を信頼する」と、世論調査に回答している。
ウクライナの戦勝や失地回復が見込めない非情な現実を受け、米国とウクライナの世論は何を物語るのか、読み解く。
形成を再逆転したロシア
当初はロシア軍に押されていたウクライナ軍の反転攻勢が成功した2022年の秋、ゼレンスキー大統領はロシア軍を一気に追い込むために、バイデン大統領に兵器の追加供給を訴えた。だが、バイデン氏は躊躇した。国家安全保障問題担当のサリバン米大統領補佐官は、「追い詰められたロシアが核兵器使用に踏み切る可能性がある」とバイデン大統領が考えたためだと示唆している。
この及び腰の姿勢が仇となり、ロシアは形勢を再逆転させることに成功。現在、ウクライナの東部戦線では、ウクライナ軍が一方的に押され、次々と重要拠点を喪失している。
また、ウクライナ軍には、ロシアの西部クルスク州内への越境攻撃を敢行することによってウクライナ東部ドンバス州で攻勢を続けるロシア軍の主力をクルスク正面に転用させ、ドンバス正面のロシア軍の攻勢を弱めるという戦略的な意図があった。しかし、これは失敗に終わった。それどころか、クルスクの占領地では徐々に占領地を奪還されつつある。
ウクライナの東部戦線におけるロシア軍の進撃速度は、2024年12月に入ってやや落ちたものの、依然として勢いを維持している。こうしたなか、ウクライナ軍は補給も部隊の増援も交替もなく士気が低下し、敵への投降も増加していると伝えられる。戦況は圧倒的に不利だ。こうした中、「泣きっ面に蜂」のことわざの如く、ロシアに同情的なトランプ次期大統領が就任するのだ。
トランプ氏の調停の下でウクライナはロシアへの領土割譲を行う一方、長年の念願であった北大西洋条約機構(NATO)への加盟を断念せざるを得ない可能性が強い。これを受けてトランプ次期大統領は、一部ですでに崩壊しつつあるとされるウクライナ軍に対する米国の軍事支援は継続する方針を示したと、英フィナンシャル・タイムズ紙が伝えている。
ロシアに有利な停戦を模索しながらも、ウクライナ全土がロシアに蹂躙される事態は回避する基本方針のようだ。こうしたトランプ次期大統領の方向性は、実は米世論とも呼応したものである。
早期停戦へと傾く米国の世論
ウクライナに対する米国民の支持は、ロシアによる侵攻の直後から強かった。国際協調を重んじる民主党の支持者と、内向きな共和党の支持者の間で温度差があるとはいえ、2022年に侵攻が開始された当初は「ウクライナの失地回復を支援する」と答えた割合は全体で65%と過半数を大きく上回り、「早期の終戦が必要」だと答えた割合は30%ほどに過ぎなかった。
ところが、2024年12月には「早期の終戦が必要」だと答えた割合が50%と、「ウクライナの失地回復を支援する」と答えた48%を初めて上回り、国内問題で疲弊した米国民がトランプ次期大統領の提言する停戦に傾いていることが明確に示された。
これは、全体の68%が「ロシアとウクライナのどちらも戦争に勝っていない」と回答したことに見られるように、膠着した戦況の中で和平が現実的な解として浮上していることを物語っている。
その一方で、同じ調査で、米国の対ウクライナ支援については「やり過ぎ」だと回答した割合が37%だったのに対し、「適切」だという回答が31%、「十分ではない」が30%と、依然として支援への熱意が高いことが示されたのは、興味深い。この割合は、民主党の支持者であるほど高くなる傾向がある。
米ニューヨーク・タイムズ紙は2024年10月21日付の紙面で、各地の有権者の戦争に関するインタビューを掲載した。
バイデン大統領が米国民に対して行ったウクライナやイスラエルへの軍事支援に関する演説の中継を南部ジョージア州アトランタの酒場で聞いていたウィリアム・ミラー氏(50)は、「なぜ大統領は(米国内の)ホームレス問題やギャングの暴力の解決について話さないんだ?」と、疑問を口にした。
その一方で、近くで飲んでいた元米陸軍衛生兵のアンソニー・べガンド氏(56)は、「米国は同盟国を支える必要がある」と述べ、ウクライナへの軍事支援を支持した。また、別のテーブルにいたティム・ヤング氏(57)も、「米国には、ウクライナを支えるだけの資金が十分にある」と答えた。
今回の大統領選で最激戦州となった東部ペンシルベニア州では、フィラデルフィア在住の元警察官、アルバート・アルテンバーガー氏(85)が、「ウクライナでもイスラエルでも戦争は泥沼化しているのに、なぜ米国はウクライナに金を送らなければならないのかい?なぜわれわれが全世界の面倒をみなきゃならないんだ?」と記者に畳みかけた。
このように、米世論は割れながらも、全体的には停戦に傾いている。そうした大衆感情の波に乗って再選を果たしたトランプ次期大統領が戦争の終結を急ぐことは、間違いない。
不利な停戦案を受け入れ次のステップへ
こうしたなか、米政治サイトのポリティコは2024年12月10日、ウクライナで実施されたトランプ次期大統領に関する世論調査の結果を報じた。
それによれば、2023年の時点では、ロシアに有利な形で停戦を訴えていた当時のトランプ前大統領に対するウクライナ国民の支持は10%にとどまった一方、ウクライナ支援に積極的なバイデン大統領に対する支持は78%と圧倒的であった。
ところが、トランプ氏が大統領選を制した直後の2024年11月中旬に1000人のウクライナ国民を対象に実施された新たな調査によれば、「トランプ次期大統領を信頼・支持する」という回答が44.6%と37ポイント近い急上昇を見せた一方、バイデン現大統領に対する支持は55%へと下落した。
これは、失地の回復を切望しながらも、多くのウクライナ国民が自国に不利な戦況を前により現実的になり、トランプ次期大統領が推進するウクライナに不利な停戦案を受け入れ次のステップに進む心の準備をしていることを物語る結果だ。
もちろん、ウクライナ人は停戦交渉を楽観しているわけではない。事実、同じ世論調査では、64.1%の人々が「ロシアとの交渉に懐疑的」だと回答している。また、現在の米国を含む西側諸国のウクライナ支援についても、57.2%が「不十分」だと答え、「西側諸国はできる限りのことをやってくれている」と答えた40%を上回っている。
加えて、次期米大統領としてのトランプ氏の仲介が成功するかも、現時点では不明だ。しかし、米国だけでなく、ウクライナの世論も「トランプ和平」に好意的に傾きつつある現状は、第2次世界大戦後に米国主導で確立された国際協調の仕組みが根源的に変化したことを物語っている。
2017~2021年の第1次トランプ政権の時には、「戦後国際協調のシステムは『トランプ後』に回復する」と見られていたのだが、そうではなく、各国世論が恒久的に変質してしまったと見るのが妥当だろう。
これは、トランプ氏の掲げる「米国第一主義」が米国において党派を問わず一般国民に広く浸透し、その現実が世界でも受容され始めていることを示すものだ。また、米国以外でも「自国第一主義」は逆らえない潮流になりつつある。
こうしたなか、地政学的な安定が世界から失われつつある。奪い取ったウクライナの領土を停戦協定によって自国領とできるはずのロシアでさえ、アサド独裁政権を支えるだけの余裕を失っていたことが直近のシリアの政変によって露呈するなど、大国としての地位の弱体化が目立つ。
ウクライナにおける「トランプ和平」がどのような形を取るにせよ、世界は地政学的な再編と激動の時代に突入したようだ。日本も、地政学の現実に目覚めて対応をとるべき時期に来ている。