両腕を失ったガザの少年のまなざし―2025年世界報道写真展より
選考方法の見直しで進む受賞写真家の多様化

  • 2025/6/12

 世界で最も権威のある報道写真コンテストの一つ、「世界報道写真(World Press Photo)」の2025年の受賞作品が、現在、オランダ・アムステルダムで展示されている。会場の新教会で5月中旬に行われた授賞式の翌日、受賞者が写真の背景について一般向けに話す特別イベント「The Stories that Matter」が開かれた。会場で受賞作品を目にし、受賞者の話を聞いたドイツ在住の筆者が、受賞作品の一部を紹介する。

特別イベント「The Stories that Matter」では報道写真に関する講演が複数行われた(2025年5月17日、筆者撮影)

逃れても続くパレスチナの苦悩
 オランダに拠点を置く世界報道写真財団(World Press Photo Foundation)が1955年から実施している世界報道写真コンテストは、今年、70周年を迎えた。日本では「世界報道写真展」として2021年まで毎年開催されていたが、現在、定期開催はなくなっている。
 2025年のコンテストには世界141カ国、3778人の写真家から応募があり、30カ国出身の写真家による42作品が受賞した。そのなかで2025年のワールド・プレス・フォト・オブ・ザ・イヤー(大賞)に選ばれたのは、両腕を失ったガザ地区出身のマフムード・アジョール君(9)の写真だった。強い光と構図の中にいる憂鬱な表情の少年の姿が、非人間的な状況下にあるガザを象徴するものとして高く評価された。

Mahmoud Ajjour, Aged Nine © Samar Abu Elouf, for The New York Times

 マフムード君は2024年3月、ガザ市でイスラエル軍による襲撃から家族とともに逃れる際に爆発に巻き込まれた。彼は治療のために家族とともにカタール・ドーハに移り、今もそこに暮らす。
 写真を撮影したのは、同じくガザ市出身のフォトジャーナリスト、サマル・アブ・エルーフ氏だ。彼女も2023年12月に4人の子どもたちとドーハに逃れ、マフムード君と同じ集合住宅に住む。
 両親を含め、多くの家族や友人をガザに残して同地を離れたアブ・エルーフ氏は、当初、「ガザにいるよりも辛い」と感じるほどの喪失感に襲われていた。しかし、それ以降も続くガザでの戦争を記録しようと、治療のためにドーハに逃れた少数のガザ出身者のストーリーを伝えることに決めた。マフムード君の写真は、2024年11月の米紙「ニューヨーク・タイムズ」に、イスラエルからの攻撃で傷ついた他のガザ出身者の写真とともに掲載された。なかには片目を失った女性、両脚と片腕を失った男性、顔に火傷や縫い傷が残る女性や孤児などもいた。
 アブ・エルーフ氏は、戦争で傷ついた人たちにその体験を語らせることで、そのトラウマに触れさせ、さらに傷つけることを恐れていた。マフムード君と向き合うのは、特に気が重かったという。しかし、求められているのは、ガザ出身者として彼らと共に時間を過ごし、その話を聞くことだと交流の中から気づいたと振り返る。彼女の家族や友人は、両親を含め、多くが今もガザに今も残り、不安を抱えながら暮らしている。
 マフムード君は負傷して動けなくなった時に自分はもう助からないと思い、自分を置いて妹と安全な場所に逃げるように母親に伝えたという。そうアラビア語で説明したアブ・エルーフ氏の言葉を英語に通訳しようとした女性は言葉に詰まり、涙を流す場面もあった。

大賞作品の前で作品の背景について語るサマル・アブ・エルーフ氏。(筆者撮影)

 マフムード君はすでに足を使ってドアを開けたり、字を書いたりはできるようになった。しかし、顔にできものができても自分で掻けず、日常的なことにも母親に助けを求めるしかない。そんな彼の今の夢は、義肢を手に入れ、他の子どもと同じように生活することだという。

 なお、このコンテストでこれまで大賞を受賞したのは、ほとんどが先進国出身の男性で、一時的に現地に行く外国人だった。しかし、2022年のコンテスト以来、地域ごとに作品を審査するよう体制を変えたことで、より広い地域とトピックが対象に含まれるようになり、現地にゆかりがある写真家による作品の受賞が増えたという。今年は、受賞した42人のうち20人が地元出身だった。ガザ出身の女性写真家であるアブ・エルーフ氏が大賞を受賞したことは、コンテストを多様化しようとする近年の試みにおいても、大きな意味があった。

砂漠化するアマゾン
 大賞に続く次点には、2つの作品が選ばれた。そのうち1点は、ブラジル・アマゾナス州で2024年の乾季に深刻な干ばつ見舞われたアマゾンの様子を記録したものだ。写真では砂漠地帯に男性が立っているかのようだが、ここにはもともとソロモリス川という河川が流れていた。

Droughts in the Amazon © Musuk Nolte, Panos Pictures, Bertha Foundation

 男性はマナカプルという、本来は川沿いにあった街に住む母親のもとに物資を届けようとしているが、川が干上がってボートで移動できなくなった。そのために2kmほど歩いて移動しようとしている。
 なお、干上がったのは、アマゾンの熱帯雨林を東西に通り抜ける、世界最大規模の河川・アマゾン川の支流だ。世界の生物多様性を守る重要な生態系への悪影響が見えてくる。川に依存してきた地域社会は、それまでの生活を続けることが難しく、水不足のために移住を強いられている人も多いという。
 写真を撮影したペルー人のムスク・ノルテ氏は、4〜5年にわたりペルーを中心に「水」というテーマを追いかけるうちに、アマゾンにたどり着いたという。同氏はこの写真を撮った時、「今、自分がいるのは砂漠ではなく、アマゾン中心地だと何度も思い出さなければなりませんでした」と話していた。

スーダンでの結婚式に持ち込まれた銃
 ほかにも、世界各地で記録された受賞作品はどれも印象的だ。
 アフリカ部門の受賞作品に、内戦下のスーダンで結婚式に銃を持ち込む新郎のシングル写真がある。同地では結婚を祝うために祝砲を鳴らす伝統があるために銃を持ち、背景にも置かれている。

友人の結婚式で、iPhoneを使って撮影されたもの Life Won’t Stop © Mosab Abushama

 2023年4月のクーデター以降、スーダンでは内戦が続き、1500万人程度が国内外で避難生活を送る。市民に対する無差別攻撃や空襲に加え、深刻な飢饉によって死者数は増え続けている。

 この一枚は、そんな激化する紛争と、その中で日常や楽しみを求める市民の様子の双方を象徴するものだ。スーダン出身の写真家モサブ・アブシャマ氏が2024年1月、友人の結婚式でiPhoneを使って撮影した。空襲が頻繁にある同地では、式中に参加者が危険にさらされる可能性もあったが、無事に祝福できたという。

 なお、アブシャマ氏は紛争のために生まれ育った街を離れ、現在はニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツで修士号取得を目指して勉強中だ。

民主主義は暗闇の中で死ぬ

 ヨーロッパ部門では、本メディアでもたびたび紹介しているドイツの極右政党AfDを記録した「Democracy Dies in Darkness」というストーリー作品が入賞した。撮影したラファエル・ヘイグスター氏は2024年にAfDの集会を継続的に取材し、記録を続けた。

 反体制的な同党は、ソーシャルメディアや新たな極右メディアを使って偽の情報や主張を拡散し、分断や対立を煽ってきた。実質的な政治活動より、注目を集めるための劇的なパフォーマンスを重視する「劇場型政党」と批判されている。

 ヘイグスター氏は、そんな同党の性質を表現するため、照度の強いライトを2つ使い、劇場のように陰影のはっきりした写真を撮った。

2024年9月22日、ドイツ・ポツダムでAfD党員と支持者が、移民の強制送還をテーマにした歌詞の替え歌を歌った。民衆扇動罪の疑いで、警察の操作を受けている。© Rafael Heygster, for Der Spiegel

 アリス・ワイデル共同党首を至近距離から撮影した写真には、そのライトの光2点が瞳に映る。

AfD のアリス・ヴァイデル共同党首は、移民の大規模な強制送還を求める「再移住」という用語を使う © Rafael Heygster, for Der Spiegel

 ドラマチックなこれらの写真は、劇場型手法を取る同党のあり方について考えさせるものだ。

サステナブル経済のために汚染される島

 アジア太平洋部門では、インドネシアのハルマヘラ島ウェダで労働者がニッケル精錬・加工工場へ向かう様子を撮影したシングル作品が入賞した。大雨によって道が浸水するなかで人々は先を目指すが、背景には灰色の煙が立ち上がる。

 

The Impact of Nickel Mining on Halmahera Island © Mas Agung Wilis Yudha Baskoro, for China Global South Project

 ニッケルは電気自動車のバッテリーや蓄電池に必要とされ、近年需要が急増した。世界の生産量の半分を産出するインドネシアでは、その採掘が急拡大すると同時に、環境汚染が深刻化している。

 ハルマヘラ島の人々の多くは、漁業やカカオ、ココナッツなどの栽培で生計を立てていたが、ニッケル採掘のために5000ヘクタール以上の熱帯林が伐採された。そのために洪水が起きやすくなったほか、大気汚染と海洋汚染が進んだ。漁獲量は減少し、飲料水源となる川の水質も悪化している。同島での呼吸器疾患は2020年から2023年にかけて25倍に増加したと地元の保健センターは報告する。

 先進国を中心にサステナブルな経済への転換が目指されている一方、別の場所では環境汚染が深刻化する世界の現実が映し出されている。

猿に乗っ取られた街

 アジアのストーリー部門では、タイ中部の遺跡の町・ロッブリーにおける猿と人間との崩れたバランス関係を描いた作品が受賞した。

No More Monkey Mania in Thai Town © Chalinee Thirasupa, Reuters

 多くの長尾ザルが長く住み、遺跡と猿が両方見られる同市では、猿が重要な観光資源となってきた。観光客や地元の人々が猿に餌をやって世話をしてきた結果、その個体数は3000頭以上に増えたという。しかし、新型コロナウイルスのパンデミック中に観光客が来なくなり、市民が家に留まるようになると、猿は餌をもらえなくなった。

 そのため、お腹を空かせた猿は食べ物を探すために家屋に侵入したり、人を襲ったり、アグレッシブになっていった。猿が頻繁に入ってくるために閉鎖された商業施設、家の入り口や窓に柵をつけて簡単に出入りできなくした住人もいるほどだ。写真の女性は、猿が多くいるエリアの商店で働き、普段から猿に餌をあげて世話をしていたが、急に猿に襲い掛かられた。

 人間と動物のバランスが崩れた時にどうなるかが示されている。問題の深刻化に対し、当局は頭数の自然減少を目指し、猿を一時的に捕獲して去勢・避妊手術の施術を強化するようになったという。

 撮影したチャリーニー・ティラスパ氏は、これは自分たちにも関わる大きなテーマであることを考えて欲しいと語った。「すべてが変化し続けるこの世界で、倫理的に、持続可能に、そして思いやりを持って野生生物と私たちが共存する方法を模索しなければなりません。この物語は今も続いているのです」

 これらの作品を含む世界報道写真展は今年、世界60都市で開催予定だ。今年の日本での実施予定はまだないが、同財団によると、実現に向けて働きかけているという。

 

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