クーデターから4年 常態化した非常事態の中で見たヤンゴン市民の今
「なし崩し」的な賑わいも 表面的な平和の影で危険度が高まるミャンマー

  • 2025/3/10

 軍事クーデターの発生から2025年2月1日で丸4年が経過したミャンマー。これまでに6000人以上の民間人が亡くなり、避難を余儀なくされている人々も360万人を超えました。国境を越えて近隣諸国に逃れた人々も15万人近くに上ります。

 ミャンマーのレコード文化や音楽シーンに詳しく、自身も積極的に日本各地で演奏活動や講演を行いながら、ミャンマー音楽の変遷や奏法、そして最近の情勢について発信している筆者が、2024年12月に1年ぶりにミャンマー・ヤンゴンを訪問しました。クーデター後の混乱が長期化するなか、現地で見た市民生活の今と音楽の在りかについて報告します。

悪化する電力事情 警察による交通の「取り締まり」も

 2024年12月、私はミャンマーの最大都市ヤンゴンを訪ね歩いた。ちょうど1年ぶりの訪問だった。町のいたるところでこの1年間の変化を感じる一方、変わっていない部分も多々、目にした。

 2021年2月に起きたミャンマー国軍による軍事クーデター以降、ミャンマーは深刻な電力不足に陥った。これは、反軍の姿勢を取る一般市民に対する国軍の「兵糧攻め」と見るべきだろう。国軍による計画停電は、長らく4時間ごとの輪番制を取っており、私の滞在時も、表向きはそういうことになっていた。しかし実際には、朝、ホテルで過ごしていると、約10分おきに停電になっては、ホテルに備え付けられている発電機に切り替わり、また10分ほど経つと電気の供給が再開する、ということが繰り返されていた。この煩雑な切り替えのたびに、宿泊者は不便を強いられる。まして、ホテルのスタッフたちは大変だ。実際、ホテルのエレベーターホールにはドラム缶が鎮座し、発電機用の燃料が備蓄されていた。
 中級ホテルでさえこうなのだから、発電機の備えがなく、停電のたびにエアコンも冷蔵庫も止まってしまう一般家庭は、さらに大変だろう。この時期のヤンゴンは、日中は30度を超える猛暑だ。ヤンゴンに住む友人に聞いたところ、「こんな電力事情から、ある程度裕福な人々は発電機のあるホテルに短期滞在するようになったよ。その方が快適だからね」と話してくれた。

 実際、滞在していたホテルの周囲は、建物が集まり、日中は人々で賑わう地区であるにも関わらず、夜間に散歩してみると停電でかなり暗かった。スマートフォンを点灯させながら歩いたが、足元が見えづらく、なかなか怖い。道端の屋台が軒先に吊るしている懐中電灯が、せめてもの明るさを保っていた。
 さらに、ヤンゴンでは一部の信号が点灯していない。警察官が交通整理をする姿もなく、往来は歩行者や運転手同士のアイコンタクトやジェスチャーなどに委ねられている。対向車が見える日中はまだしも、夜間は本当に危険だ。

消えたままの信号(2024年12月8日、ヤンゴンで筆者撮影)

 市内をタクシーで移動中、交通量の多い幹線道路などで警察による取り締まりを何度も目にした。これは、前回の訪問では見かけなかった光景だ。1台の車を取り囲むように2〜3人の警察官が声をかけていた。もっとも、ヤンゴン在住の友人が言うには、この取り締まりは法律や交通ルールにのっとったものではなく、警察官も困窮しており、難癖をつけて小金をせしめているのだということだった。

音楽シーンにも影を落とす徴兵制

 国軍による徴兵制の影響は市民生活に影響を与えており、私の研究対象であるミャンマーの音楽シーンにも、悪い変化をもたらしている。徴兵制は2024年2月に発表され、対象年齢に該当する若者たちは、続々と国外へ移住し始めた。
 ヤンゴンで音楽イベントの企画を手掛ける男性は、「2023年は何度か音楽イベントを企画したが、2024年はやらなかった。イベントのメインターゲットである20代の若者たちのほとんどが徴兵制の対象年齢であり、観客の動員がまったく見込めなかった」と、溜め息混じりに話してくれた。
 また、ヤンゴン市内にある音楽学校の講師は、「生徒のほとんどが徴兵制を逃れて国外に移住したため、その数は半減しました。学校は生徒の対象年齢を大幅に引き下げ、小学生を相手に教えることでなんとか運営を続けています」と話した。政治的な混乱が、この国の音楽シーンの行方に暗い影を落としている。講師は、学校の経営よりも、そのことを危惧しているようだった。

音楽教室でドラムのレッスンを受ける児童(2024年12月12日、ヤンゴン市内で筆者撮影)

 私は2016年からミャンマーへの訪問を重ね、毎回、ヤンゴン市内のCDショップでCDを購入しているのだが、その価格も年々、高騰していると感じる。2016年時点で2000チャット(約249円)だった商品が、いまや5000チャット(約366円)だ。今なおわずかながら新譜のリリースがあるのが、不幸中の幸いだ。今回、あるアーティストのCDの在庫がないかと店員に尋ねたところ、あいにく店頭にはなかった。店員は「次の入荷がいつになるか分からないため、注文は受けられないし、入荷するラインナップも私たちは決められません。ただ、待つしかできないのです」とつぶやいた。音楽小売店の売り上げも、かなり厳しいようだ。

暗闇を照らす光のような、つかの間の祭り

 とはいえ、ヤンゴンの市民生活はただただ暗いというわけではなく、時折、光が差し込む場面もあるようだ。その一つが、パヤーボエ(寺院祭り)だ。今回の滞在中にも、ちょうど市内のタケタ地区やサンチャウン地区で開かれていたため、私はサンチャウン地区の寺院に連日、足を運んだ。
 関係者の話によれば、コロナ禍とクーデターにより5年ぶりの開催となったうえ、寺院の建立90周年にあたる特別な祭りでもあるということで、寺院に向かう道路の混雑ぶりは大変なものだった。解決の糸口すら見えない情勢のなか、日々、抑圧を強いられている市民たちが、開放的になれるこの数日間をいかに切望しているかがうかがえた。若者たちは歓声を上げながら観覧車などのアトラクションを楽しみ、屋台で食べ物をテイクアウトし、景品獲得目当てに屋台のゲームに興じ、笑い合いながらスマートフォンで写真や動画を互いに撮影し合っていた。夜は物騒なこの街で、毎晩23時過ぎまで祭りは続いた。
 寺院の前に掲示された日程表をみると、このパヤーボエは3日間にわたって開かれ、最終日にはミャンマーの伝統楽器サインワインによる楽団が野外ステージに登場し、伝統音楽が披露されるということだった。残念ながら私はその日に現地を発って帰国便に乗らなければならなかったため、生演奏を見ることが叶わず心残りであったが、ヤンゴンでは近年、なかなか見られなくなったサインワイン楽団が今も健在だと知り、安堵した。

パヤーボエ(寺院祭り)の賑わい。(2024年12月11日、ヤンゴンで筆者撮影)

 音楽イベントも、皆無というわけではないようだ。サンチャウン地区を散策していた時、ある有名ホテルでエレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)に特化したイベントを宣伝する立て看板を見かけた。看板のすぐ近くには若者が集うクラブもあり、日没後は店の前で若者たちが酒を飲みながらたむろし、店の外まで低い電子音が鳴り響いていた。

市民を拉致して兵士集め 物乞いも急増

 もっとも、あるヤンゴン市民にこの話をすると、「あまりに非常事態が常態化しているため、人々はそれに慣れつつあり、なし崩し的な賑わいも生まれています」「悪く言うなら、呆けているのです」と言っていた。

ヤンゴン市内のショッピングモール)のも多くの市民で賑わっていた(2024年12月11日、ヤンゴンで筆者撮影)

 賑わいは、寺院祭りに限らず、ヤンゴンのいたるところで目にした。ショッピングモールのバーゲンセールはごった返し、パン屋の店員たちがサンタクロースの帽子をかぶり、フードコートはカップルや家族連れで満席だった。夕食に訪れたタイ料理店では、マライヤ・キャリーの「恋人たちのクリスマス」がBGMで流れていた。こうした場面だけ切り取れば、とても物騒な国とは思えない。しかし、この国では今、平穏な暮らしの中でも凶悪な事件が頻発している。そして、その傾向は、年々強まり、二極化しつつある。

 前回の訪問時よりも緊張感が薄れつつある様子を、夜のタクシー事情からも感じた。前回は18時を過ぎるとタクシーを捕まえるのに苦労した。夜間は国軍や警察の動きが活発になるため、しばしば乗車拒否されたのだ。しかし今回は22時を回ってもアプリで簡単にタクシーを呼ぶことができ、昨年との落差に拍子抜けした。

ボージョーアウンサンマーケットの東側では巨大ビルの建設が進んでいた(2024年12月7日、筆者撮影)

 ヤンゴンは、変わらず建設ラッシュに沸いている。英国統治時代から続くヤンゴン最大の市場、ボージョーアウンサウンマーケットの東側の巨大ビル も、ダウンタウンとヤンゴン川対岸のダラ地区を結ぶミャンマー・韓国友好橋(ダラ大橋)も、1年前に訪問した時と変わらず建設が続いていた。特にダラ大橋については、その巨大ぶりに驚かされた。

ダウンタウンから巨大なミャンマー・韓国友好橋(ダラ大橋)を眺める(2024年12月4日、筆者撮影)

 今回見た限り、ヤンゴン市民の生活はクーデター以降、最も落ち着きを取り戻しており、一部、華やかな部分さえ垣間見えた。その一方で、危険度が高まっていることも体感した。国軍は兵士をかき集めるために、軍用車で市内を巡回しては市民を拉致しているという。乳飲子を抱えた物乞いや、ゴミを漁る人々の数も、1年前より各段に増えていた。
 ミャンマーが今後、どこに向かうのか、私には分からない。現地では、不条理の嵐が今日も吹き荒れている。

 

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