ジャーナリストの玉本英子さん「同じ時代を生きる人々に心を寄せる」
世界の医療団と写真展を開催 戦火のウクライナ市民について講演も

  • 2024/11/3

 ジャーナリストの玉本英子さん(アジアプレス・インターナショナル)が10月26日、東京・青山で戦火のウクライナで出会った人々について講演した。2015年からウクライナで保健サービスの改善に取り組んできた世界の医療団(特定非営利活動法人 メドゥサン・デュ・モンド ジャポン)と玉本さんが10月22日から6日間にわたり開催した写真展の一環で、ギャラリートークとして企画された。玉本さんは2022年2月にロシアによる軍事進攻が始まって以降、三度にわたって現地に入り記録してきた映像や写真を紹介しながら、人々が何を思い、どのような状況に置かれているのか、語った。

戦火を生きるウクライナ市民の様子を伝えるジャーナリストの玉本英子さん(右)と、世界の医療団スタッフの中嶋秀昭さん(2024年10月26日、東京で筆者撮影)

子どもからお年寄りまでリアルな声を記録

  ロシア軍とウクライナ軍の戦闘が各地で続いているウクライナでは、大勢の市民が生命を落としたり、住み慣れた土地を追われて国外に逃れたりしているほか、逃れることもままならず国内避難民として厳しい状況に置かれている人々も多い。

 これまでイラクやシリアなど中東の紛争地域のほか、アフガニスタンやミャンマーなどを取材してきた玉本さん。ウクライナには、ロシアによる侵攻が始まって半年後の2022年8月よりウクライナの中部や南部を中心に、ロシア軍の砲撃に日々さらされている前線の村やミサイル攻撃を受けた現場を訪ねて、子どもから高齢者まで、戦火を生きる市民の姿を記録している。この日の講演でも、玉本さんは行く先々で出会ったさまざまな人々のリアルな声を紹介した。

 例えば中部の街ウマニでは、ロシアのミサイル攻撃によって数日前に娘夫婦を失くしたばかりの女性に出会った。そうとは知らず玉本さんが彼女に声をかけたのは、崩壊した集合住宅の跡地で後片付けをしていた彼女が、冷静で落ち着いて見えたからだったという。しかし、娘夫婦の部屋が直撃を受け、別の部屋にいた自分だけ免れたことや、仲睦まじく暮らしていた二人の話を一粒の涙も見せることなく淡々と語る彼女の姿に、「あまりにもつらい現実に感情が追い付かず、放心状態にあるのを感じた」と振り返った玉本さんは、「どのような理由があれ、一般の人々を攻撃することは決して許されるべきではない」と強い口調で語った。

 この爆撃では、女性の娘夫婦を含む23人の住民が犠牲となったが、うち6人は子どもだったという。玉本さんは、亡くなった子どもたちの遺影の前で立ち尽くし、ぬいぐるみを手向ける近所の同級生らの姿も紹介しながら、「生き残った子どもたちの心にも、深い傷が一生残るだろう」と思いやった。

 また、ウクライナ第二の都市ハルキウでは、地下鉄の駅構内に机を並べただけの急ごしらえの「教室」で授業を受ける小学校低学年ぐらいの子どもたちに出会った。おもちゃやお菓子を喜びそうな、あどけなさが残る彼らは、玉本さんに欲しいものを尋ねられると、「平和な空がほしい」と答えたという。「そう口にした彼らの表情は非常に大人びていて、ハッとさせられた」「子どもたちをここまで追い込んでいるのは、いまだロシアの侵攻を止められない国際社会。私たちひとりひとり人にも深く関わっている」と、強調した。

「今の戦争について知ることは、自分自身の未来を見据えること」

 世界の医療団は、紛争や自然災害、貧困、差別などにより医療サービスを受けられない各国の人々に医療を届けるとともに、現地で起きていることを伝える「証言」にも併せて取り組んできた。ウクライナでは東部のドンバス地方で保健システムの改善に取り組んできたが、2022年2月にロシアが本格侵攻に踏み切ってからは緊急支援に切り替え、戦闘の最前線である東部や西部のルーマニア国境などで、未熟児を保護して育てる保育器などの医療資機材や薬剤の供与、巡回診療を行っている。

 海外事業プロジェクト・コーディネーターの中嶋秀昭さんは、現地の状況について「病院や学校など公共施設は国際人道法で攻撃が禁じられているにも関わらず、医療施設が次々と破壊されて機能不全に陥っている」「不衛生な水や栄養不足の問題も深刻」だと指摘した。世界の医療団の現地スタッフや家族の中にも、犠牲になった人がいるという。そのうえで中嶋さんは、「傷ついた子どもたちを癒す存在であるべき大人たちも傷ついているのが現状。医療従事者のウクライナ人たちもつらい思いを抱えているからこそ、外部からの支援が必要」だと訴えた。

 さらに、防空壕での暮らしが長期化している高齢の女性の姿を伝える玉本さんの写真について、「複数人が狭いところに雑魚寝しているうえ、地下で薪を使って煮炊きしているのは、精神的にも身体的にもリスクが大きい」と懸念を示した。

 最後に玉本さんは、「戦争は人間の悲しみそのもの」「いったん戦争が始まると、止めることは難しい」と指摘。そのうえで「今起きている戦争について知ることは、自分自身の未来を見据えることにつながる」と述べ、同じ時代を生きる人々に心を寄せる大切さを強調した。

NPO法人 日本ウクライナ友好協会の協力でギャラリーに展示されたウクライナの民族衣装を囲む玉本さん(右)と中嶋さん(2024年10月26日、筆者撮影)

 国連人口基金(UNFPA)が10月22日に発表した推計によると、2022年2月にロシアがウクライナに全面侵攻を開始した時点で約4300万人だったウクライナの人口は、現在までに約800万人減少したという。約670万人もの人々が国外に脱出したうえ、ロシアによる攻撃を受けて多くの人々が犠牲になったことが背景にある。

 世界各地で戦火の炎が上がり、次々と話題が移りゆくなか、ひとつひとつの戦闘の影で膨大な数の人々が命を落とし、悲嘆にくれている現実から目を背けてはならないことを再認識させられるイベントであった。

 

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