ミャンマークーデターと中国のジレンマ
「国軍」対「市民」の裏にある真の対立構造

  • 2021/2/22

蘇る天安門事件の悪夢

 だが、元中央党校機関紙「学習時報」の鄧聿文・副編集長は、「こうした見方は、クーデター後にミャンマー国内で大規模な抵抗運動が行われず、軍政によって比較的安定した統治が行われるという前提のもとでのみ成立する」と、ドイツ国際放送ドイチェ・ベレに寄稿した。共産党の内部事情に詳しい鄧副編集長は、この論評の中で、前出のアンドリュース報告者と同様に「ミャンマーの都市で軍によって流血の弾圧がおきれば、中国は“敗者”になる」と指摘している。

ミャンマーの事態によって天安門事件を巡る議論が再燃する可能性がある © zhang kaiyv / Unsplash

 その理由として、同氏は「ミャンマー軍政の流血の民衆鎮圧が起きれば、世界も中国人民も、かつての天安門事件を思い起こし、中国共産党政権のイメージが悪化する」と指摘する。事件以降、中国共産党政権は、その圧倒的な経済力を背景に国際社会において存在感を拡大し、天安門事件の記憶を希釈してきた。しかし、ミャンマーで再び天安門事件のような事態が起きれば、「民主や人権と独裁政治のバランスをどう取るべきか」という議論や、「経済と社会の安定のためには人権を代償にして良いのか」という議論が再燃する可能性がある。
 さらに、もしミャンマーで流血騒動や大々的な武力鎮圧が起きても中国が内政不干渉の姿勢を貫けば、中国黒幕説が再燃するだろうし、かといって、もし国際社会と足並みをそろえてミャンマー国軍を非難すれば、中国国内で「過去の天安門大事件における市民虐殺について中共政権はどう考えているのか」という議論に再び火が付きかねない。中国とミャンマー国軍との関係にも、ひびが入るのは必至だ。どちらに転んでも、中国にとっては悩ましい状況なのは間違いない。

ミャンマー国軍が武力弾圧に踏み切れば、米国がミャンマーの内政に干渉する可能性が高まる ©Kaung Myat Min /Unsplash

 また、ミャンマー国軍が民衆の弾圧を行えば、米国がミャンマーの内政に干渉してくるチャンスが増え、アウン サン スー チー氏とNLDが執政を回復するかもしれない。ロヒンギャ問題への対応を巡って西側諸国から批判を浴び、関係が悪化していたアウン サン スー チー氏にとっては関係是正のチャンスになるし、たとえそうならなかったとしても、NLD政権と中国の関係は悪化するだろう。中国は、国境西南部にさらに一つ、不安定要素を抱えることになる。

 もちろん、ミャンマー軍が武力による鎮圧を行わず、流血事態は起きない可能性もある。しかしその場合も、ミャンマー軍が一年後に新たな総選挙を実施すれば、NLDが勝利する可能性が高い。アウン サン スー チー氏がこれを西側諸国が軍政に圧力をかけた成果だと評価し、「中国はNLDより国軍の味方をした」とみなせば、やはり中国との関係は後退を免れないのではないか。

ポストコロナの世界と価値観戦争

 ミャンマーで今、起きていることは、香港で起きている状況とよく似ている。「ミャンマー国軍」V.S.「NLD」、ないし「ミャンマー市民」の構造のようで、その実、「米国」V.S.「中国」の代理戦争であり、「閉じられた全体主義」V.S.「開かれた自由主義」の闘いであり、「中国秩序圏の拡大」V.S.「自由で開かれたインド太平洋圏」のせめぎ合いの一つの局面であるからだ。それはまた、中国の一帯一路戦略に象徴される中華秩序圏に、ミャンマーを要とするASEAN諸国が入るか入らざるべきか、という流れも左右する。

ミャンマーで今、起きていることは、米国と中国の代理戦争とも言える ©Karolina Grabowska / Pexels

 今後も世界のいたるところでこうした価値観戦争が相次いで勃発するだろう。そして、その勝敗一つ一つが、ポストコロナの新たな国際社会の枠組みを決めていくことになろう。

 悲惨なことに、この手の価値観戦争の犠牲者は、たいていの場合、軍人ではなく、寸鉄おびない市民である。こうした事態は、今の時代、世界中どこで起きても不思議ではない。台湾で起きるかもしれないし、日本でも起きるかもしれない。そう考えれば、ミャンマーの問題は、他人事ではなく、日本も積極的にコミットすべき問題と言える。

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