「再び」のマルコス政権誕生に厳しい視線
フィリピン大統領選をアジア各紙はどう報じたか

  • 2022/5/26

 フィリピン大統領選が5月9日に投開票され、かつて同国で独裁政権を担った故マルコス大統領の長男、フェルディナンド・ボンボン・マルコス氏が、次点に大差をつけて当選した。また、副大統領には、現大統領であるドゥテルテ氏の長女、サラ氏が選ばれた。1986年にボンボン・マルコス氏の父を追放した「ピープル革命」から36年が過ぎた今、フィリピン国民の選択に、アジア各紙が反応している。

2022年5月25日にフィリピン・ケソンの下院で行われた次期大統領宣言式典で、ビセンテ・ソット3世上院議長(左端)、イメルダ・マルコス氏(左から2番目)、マリア・ルイーズ・マルコス氏(右から3番目)、ロード・アラン・ベラスコ下院議長(右から2番目)、イレーヌ・マルコス氏(右端)と並んでポーズを取るフェルディナンド “ボンボン “マルコス・ジュニア氏(左から3番目) (c) AP/アフロ

フィリピンは「ドゥテルテ効果」を指摘

 当事国のフィリピンの英字紙フィリピン・デイリー・インクワイアラーは、5月13日付の紙面で「大統領の課題」と題した社説を掲載した。

 社説はまず、今回の選挙で「少なくとも1800件の票計算機器の不具合」があったり、「炎天下でまだ多くの人が投票のための列を作っている最中に、投票結果が漏れてきたこと」に対する不信感があったりしたことを挙げた。同紙は大差の勝敗が覆るという見方まではしていないが、ドゥテルテ大統領自身も「中央選管の調査を希望する」と述べたと伝えている。

 そのうえで社説が特に強調したのは、マルコス氏が「語らぬ大統領候補」であったことだ。社説によれば、マルコス氏はインタビューや討論会を避け、「団結」という言葉以外、自らの言葉で政策を語ることはほとんどなかったという。

 「選挙が終わった今、多くの人々は、“何が起きているのだ?”と思っていることだろう」と社説は指摘する。大差をつけて勝利した理由が、フィリピン国民でさえ判然としないということだろうか。

 さまざまな分析記事を見れば、かつて国を追われたマルコス一族の長男が再びマラカニアン宮殿に戻ってきた最大の要因は、「ドゥテルテ効果」だという。ドゥテルテ前大統領の長女、サラ氏が副大統領に就くことで新政権が現政権の政策路線を引き継ぐことは明白であり、国民はその部分に投票したのだ、ということだ。

 故マルコス元大統領による独裁政権下の人権侵害、そして「ピープル革命」の高揚感を体験していない世代にとって、ボンボン・マルコス氏がマラカニアンにいることへの違和感は小さい。それに、そもそもマルコス一家はこれまでも政界に何らかの形で存在し続け、完全には消えていなかった。ボンボン氏の姉、アイミー氏は国会議員を務め、ボンボン氏自身も、北イロコス州知事を務めた後、2010年から上院議員を1期6年務めた。国内と国外で「マルコス」という名前に持つイメージが違うのは、このあたりのとらえ方の違いがあるのかもしれない。

民主主義の喪失を嘆くタイ

 タイの英字紙バンコクポストは、5月15日付の社説で「マルコス氏の勝利は不思議ではない」との記事を掲載した。

 同紙は、ボンボン・マルコス氏の勝利について、「フィリピンを見ると、東南アジアでは民主主義が大きく後退したと言いたくなる。自由選挙は必ずしも(民主主義に)肯定的な結果を生むとは限らないのかもしれない」と、厳しく指摘した。さらに、麻薬取引に関わったとされる人々を「麻薬戦争」と称して超法規的殺人で取り締まってきたドゥテルテ大統領の路線をボンボン氏が引き継ぐとしていることについて、「そういえば、ドゥテルテ大統領も大差で勝利していたのだった」と指摘した。

 さらに社説は、マレーシアやインドネシア、シンガポールなどの国名を挙げつつ、「いや、まったくこの東南アジア全体に果たして健全な民主主義の居場所はあるのだろうかと言いたくなる」と嘆いた。

 最後に、「覆水盆に返らず。フィリピンは決断をした。米国が2017年にドナルド・トランプ大統領を選んで受け入れたように、フィリピン国民もマルコス一族をまた政権に迎え入れ、闘わなければならない」と、表現した。

シンガポールは米中間の立ち位置に注目

 シンガポールの英字紙ストレーツタイムズは、5月12日付の社説でこの話題を採り上げた。ストレーツタイムズ紙は、バンコクポスト紙に比べて現実的な側面を強調している。

 「マルコス氏が勝利を収めたことで、父親による支配が再来するのではないか、と恐怖を覚える人たちもいるが、それは過剰な恐れだと言える。なぜなら、そのような過去を蘇らせたいと考える人たちはいないからだ。その代わりフィリピン政権は、経済的にも社会的にも現実の課題に向き合わなければならない」

 同紙が強調するのは、外交政策の重要性だ。フィリピンは、東南アジアの中で最も米国に近い国として存在してきた。しかし、ドゥテルテ大統領は親中政策をとり、南シナ海問題を抱えながらも中国との協調路線を維持した。マルコス氏もこの路線を継続するのであれば、米中のパワーバランスの中で、フィリピンがどう立ち振る舞うかが、東南アジア全体の行方に影響を与える重要なカギになるだろう。  

 

(原文)

フィリピン: https://opinion.inquirer.net/152917/challenges-ahead-for-president-elect

タイ:https://www.bangkokpost.com/opinion/opinion/2310162/marcos-victory-no-surprise

シンガポール:https://www.straitstimes.com/opinion/st-editorial/the-straits-times-says-setting-the-philippines-for-a-new-course

 

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