中国を追われた風刺漫画家が日本に伝えたいメッセージ
進む第三国への浸透工作 強まる反共監視と口封じ
- 2025/7/30
「変態辣椒」というペンネームで活動する在米華人の風刺漫画家、王立銘さんが今年5月、8年ぶりに日本を訪れた。10年前、中国の習近平政権を風刺する漫画を描いたことで当局に追われる身となった王さんは、しばらく日本に滞在後、現在はアメリカで暮らしている。今回、日本を再訪中に王さんに私的に会う機会を得た筆者は、米国に暮らす米国籍の華人たちが、トランプ大統領をどう評価しているのか話を聞いた。いささか古い話ではあるが、身をもって中国の強権ぶりを知る同氏のトランプ評が、参院選を終えたばかりのわれわれ日本人にとっても参考になると思われるため、紹介したい。

変態辣椒氏が筆者の原稿に合わせて描いてくれた風刺漫画。着物姿で筆を持つ女性が筆者、唐辛子姿でGペンを構えているのが辣椒氏自身を表している。皇帝の姿をした独裁者・習近平による人権弾圧に共に立ち向かうイメージを表現してくれた (2017年6月発表)©変態辣椒
政治風刺漫画家。1973年、新疆ウイグル自治区生まれ。日本の高専にあたる河北軽工業学校で美術を学び、広告会社に就職する。2006年より「変態辣椒」(ビエンタイラージャオ=激辛トウガラシ)というペンネームでネット上に政治風刺漫画の発表を開始。日本滞在中の2014年7月に中国政府系メディアから集中的に批判を受け、SNSアカウントも閉鎖されたことから、迫害を恐れて帰国を断念。2017年に渡米し、ラジオ・フリー・アジアで記者として働くかたわら創作活動を続けていたが、同社は2025年3月、トランプ政権により業務停止を命じられている。
「ちょっとお茶でも」の呼び出しに始まる警告と脅迫
王さんは1973年、新疆ウイグル自治区に下放されていた両親のもとに生まれた。成人し上海に戻ってからは、日本の化粧品や家電製品をネットで販売する事業を手がけるかたわら、中国のミニブログサイト「微博」で時事問題に関する風刺漫画の発表を開始。またたく間に注目を集め、その名が知られるようになった。
そんな王さんは、習近平政権が発足して間もない2011年以降、たびたび公安部の国内安全保衛局(国保)に呼び出され、尋問を受けたという。中国ではちょうどその頃から国保に呼び出され、脅迫を受ける中国人インフルエンサーが増えつつあった。国保は「ちょっとお茶でも飲みながら話しましょう」というのを口実に市民を呼び出したが、行ってみると厳しい尋問と警告が待っていたため、人々はいつしか国保からの呼び出しのことを「お茶を飲む」と、隠語で呼ぶようになったという。2013年10月に呼び出された時は、「乱闘を起こした容疑」がかけられたという。
翌2014年5月、王さんは商用のため妻を連れて来日したが、日本滞在中に中国の政府系メディア「人民網」が、「変態辣椒は“親日(日本びいき)”であると同時に、“媚日(日本に媚びを売る)”売国奴だ」と批判する記事を掲載。その後、共産党傘下のタブロイド紙「環球時報」など、複数のメディアにも転載され、集中批判を受けた。さらに、中国最大のECサイトタオバオ(淘宝)や、微博のアカウントも強制的に閉鎖されたため、夫妻は「このまま中国に戻れば、おそらく当局に逮捕されるだろう」と悟り、帰国を断念。そのまま日本で流浪の身となった。
この時、多くの日本人が王さん夫妻を支援し、筆者もそのプロセスで知り合った。王さんは埼玉大学の研究員として滞在資格を得て、『新潮45』や『ニューズウィーク』日本版でコラムを連載しつつ、風刺漫画の執筆も継続したが、永住権を得るには至らず、2017年5月、アメリカへの移住を決断した。
渡米した王さんは、アメリカ政府が資金を提供する非営利団体、ラジオ・フリー・アジア(RFA)で記者として正式に職を得て働きつつ風刺漫画家としての活動も続け、4人の子どもにも恵まれ、米国籍も取得した。
そんな王さんが2025年5月に再び来日した理由は、二つある。日本に滞在中に親しくしていた友人が亡くなり、弔問するためというのが一つ目の理由。また、トランプ政権が米国国際開発庁(USAID)の業務停止を命じ、RFAに対する政府の支援も打ち切られたことから大勢の記者がリストラされ、王さんも退職せざるを得なくなったというのが、二つ目の理由だ。収入源がフリーランス漫画家としての活動だけになってしまったことから、かつて滞在していた日本に仕事を探しに来たのだった。

「変態辣椒」のペンネームで中国のインターネット上に政治風刺漫画を発表したことで祖国を追われた王立銘さん(右)が2025年5月、8年ぶりに来日。インターネット上のチャンネルで筆者(左)との対談に応じた© ニコニコ生放送「福島香織チャンネル」第十回(2025年5月15日放送)より
在米華人たちのトランプ評
王さんが再び来日した際、筆者はトランプ政権についてどう思うか、彼に尋ねてみた。すると、王さんも夫人もトランプ支持者で、昨年11月の大統領選挙ではトランプ氏に投票したという答えが返ってきた。
結果的に見ると、その後、トランプ政権によってUSAIDが解体され、王さんは職を失うことになった。トランプ政権は、中国人留学生の排除を意図して大学に圧力をかけたり、研究費を削減したりと、在米華人には厳しい内容の政策を多く打ち出している。それでも王さんは、「確かに私はトランプ大統領の政策によって職を失うことになったが、もしもまた選挙が行われるなら、私は再びトランプ氏に投票するだろう。私の周囲の華人にも、そう考えている人が多い」と語る。その理由はと尋ねると、「トランプ政権だけが、中国共産党体制を本気で潰そうとしているから」だと答えた。
王さんが最も恐れているのは、習近平独裁体制の中国だ。政権が手段を選ばず反共人士を追い詰めることを、王さんは身をもって知っているからだ。中国共産党がいかに第三国に浸透を図り、その国の政治や司法に干渉して、海外に逃げた人をさまざまな方法で弾圧してくるのかについて、王さんは貴重な体験を話してくれた。
王さん夫妻が日本に滞在していた頃、日本の友人たちがいろいろな形で二人を支援してくれたものの、やはり生活は常に苦しく、2016年11月頃からはいよいよ経済的にひっ迫するようになったという。
そんな折、王さんはSNSアカウント(当時のtwitter、現在のX)をフォローしてくれている小楊という人物と、直接、メッセージをやり取りするようになった。風刺漫画家・変態辣椒の熱烈なファンだと名乗る小楊は、最初こそ作品を称賛するメッセージをしきりに送ってきたが、次第に身の上話をするようになったという。小楊は、「現在はカンボジアの首都プノンペンに住んでおり、太子不動産集団(プリンス・リアルエステート)で企画責任者を務めている」と明かした。太子集団といえば、中国ではそれなりに名が知られており、慈善事業にも熱心に取り組んでいると言われる企業だ。インターネットで検索してみると、ホームページもすぐに出てきた。小楊のアカウントを見ていた王さんは、「民主的な価値観の持ち主で、中国共産党に対してあまり好意的ではないように感じた」と振り返る。
数カ月ほどやり取りを重ねた後、王さんに思いがけない話が舞い込んだ。小楊から「自分の会社のデザイナー部門で、今、求人を出している。面接を受けてみないか」と誘われたのだ。
経済的に困窮していたこともあり、紹介されるがまま同社の人事経理の担当者と連絡を取り合い、「ぜひ御社で働きたい」と伝えた王さん。しかし、太子集団から「それなら面接するので、カンボジアに来てほしい」というメールが届き、にわかに不安になったという。カンボジアは親中的で、中国の公安関係者が自由に活動することが許されていると聞いていたからだ。実際、中国からの亡命者がカンボジアに入国した途端、身柄を拘束されるという事例もあった。
不安がる王さんに、人事経理の担当者は「ならば、台湾の事務所で面接しよう」と提案してきた。「台湾なら」と提案を受けようとした王さんを止めたのは妻だった。彼女はこの誘いに猛反対し、「もし、それでも面接に行くと言うのなら離婚する」とまで言い出したという。悩んだ挙句、王さんは太子集団の仕事を辞退したのだが、この時の妻の判断がいかに的確で素晴らしいものだったかが、後になって明らかになる。
逃亡先の政治や司法に干渉して活動家を追い詰める習近平政権
事実が発覚したのは、オーストラリアの国営テレビ局「ABC TV」が2024年5月14日に放送したニュース番組『フォー・コーナーズ・オブ・ザ・スクエア』内の「中国の秘密工作員」という特集だった。番組の目玉は、元中国公安部の秘密工作員へのインタビューだったが、エリック(匿名)と名乗ったその秘密工作員こそ、小楊だった。
番組に登場したエリックは、変態辣椒を監視し、2017年に就職面接を装って東南アジアに連れ出し、身柄を確保して中国に強制送還することが自分の任務だったことを明らかにした。ABCは同じ番組で王さんにも取材しており、エリックのこのインタビューを見て呆然とする王さんの表情も併せて放送された。
エリックはこの番組より半年ほど前の2023年冬、オーストラリア・キャンベラにあるオーストラリア保安情報機構(ASIO)に駆け込み、自身のスパイ活動の情報を提供する代わりに身柄の保護を求めたのだった。
ABCの報道によれば、エリックは当時、39歳。公安部政治保衛局(通称、一局。秘密警察の意)の特務工作員として、2008年から世界各地で反共産党や民主活動家らを監視し、時には拉致してその声を封じるのが主な任務で、勤務地には、オーストラリアやカナダも含まれていたという。

筆者の著書『米中の危険なゲームが始まった』(ビジネス社刊、2017年)の表紙のために変態辣椒氏が書き下ろした風刺漫画。米中ロ日の首脳が国際社会の運命をかけて麻雀をしている場で、中国の習近平国家主席が北朝鮮カード(金正恩牌)を切ろうとしている様子が描かれている (2017年6月発表)©変態辣椒
エリックは、もともとは西側民主主義に憧れを抱くごく普通の大学生だったという。2007年には、米国で設立された中国社会民主党(CSDP)という反共組織に入党したことがあり、その時にはすでに彼自身が公安の監視対象になっていたらしい。エリックがCSDPの年次大会に関する情報をSNSでシェアすると、中国公安警察が自宅まで来て連行された。厳しい取り調べの末、禁固刑を受けるか、それとも警察に協力するか、どちらかを選択するよう迫られたエリックは、後者を選んだという。その後、15年にわたり、秘密警察の上官(ハンドラー)の指示に従って民主化推進組織に潜入したり、中国政府に狙われている反体制派を追い詰めたりした。
もともと反体制派思想の持主として知られていたエリックのことを、秘密警察側の人間だと疑う人はいなかった。2016年には、チベット亡命政府の本拠地であるインドのダラムサラで開かれた活動家の集まりに招待され、ダライ・ラマとも面会したという。エリックは、チベット亡命政府の今後の対中政策に関する詳細な報告書を上官に提出し、秘密警察の信頼を得ていった。そして、海外に住む高名な反共人士の逮捕に協力するという、よりリスクが高くて、より報酬が高い任務を与えられるようになった。
その対象の一人が、変態辣椒、こと、王さんだったというわけだ。エリックはこの任務を遂行するため、プノンペン市内のアパートと、太子集団子会社、すなわちカンボジアのプリンス・リアルエステートグループの企画責任者という職位を与えられた。同社はカンボジアの指導者と深い関係を有しており、カンボジア政府との関係が深い中国共産党が望めば、社内の重要ポジションにスパイを送り込むことぐらいたやすいことだったようだ。
エリックは、王さんとツイッターやメールを通じて行ったやり取りを、秘密警察の上官に逐一報告し、「もし彼(王さん)がお金に困っているようなら、すぐに500ドル渡せ」といった指示も受けていたという。実際、王さんはエリックからの仕事のオファーに答えるべく太子集団のキャラクター案の素描を送ったりしていた。最後の最後で王さんの妻が面接に反対していなければ、王さんは今頃、中国の監獄に収監されているか、もしかしたらこの世にいなかったかもしれない。
ちなみに、太子集団はABCの取材に対して「当社は中国政府のいかなる機関とも無関係で、最高の倫理基準を遵守している」とコメントしたが、王さんの面接を担当した社員は、すでに退職していた。
西側先進国にも潜伏する工作員たち
このような経験から、王さんは、多くのアジアの国々が中国の浸透工作を受けており、秘密警察から指示を受けた工作員が、企業の幹部や学生、公務員、あるいは主婦といった姿で潜伏しながら華人社会を監視し、リクルートしていると指摘する。さらに、こうした工作員の中には、エリック、もとい小楊のように、もともと反共的だったからこそ華人界から信頼を得ている人物もいる、と警告する。こうした中国の工作員は、カンボジアなど東南アジアの国々だけでなく、オーストラリアやカナダといった西側先進国にも潜伏していることが、ABCの取材とエリックへのインタビューから明らかになっている。カナダに亡命していた反共アーティストの華涌が2022年にカヌー事故で溺死した事件についても、秘密警察の工作員による暗殺だろうとエリックは指摘している。
今回、久しぶりに日本を再訪した王さんは、日本でも、カナダやオーストラリアと同じぐらい中国共産党の浸透工作が進んでいるのを感じたと振り返る。小楊を名乗るエリックからコンタクトを受けた2017年当時と比べても、中国人がはるかに日本社会に浸透し、出版やメディア界、政界、経済界の深部といった、世論や政治に影響を与えそうな場にも進出しているのだという。「アメリカでは、民主党政権の時代に中国の浸透工作がかなり進んだ。日本も気を付けてください」というのが、王さんの日本人へのメッセージだ。
7月に行われた参院選挙では、中国人を含めた移民に対する警戒を主張する候補が多く当選し、左派のインテリ層は、これを差別主義だと批判した。だが、実のところ、日本で暮らす中国人は、中国人移民や中国人留学生の急増に、少なからず警戒心を抱いている。共産党の迫害を受けて海外に逃れ、その国の国民としてまっとうに暮らそうしている中国人や華人にとって一番恐ろしいのは、中国人同胞だ。エリックのような人間を増やさないために、日本に移住や留学する中国人に対しては適切な条件を付け、資格を厳格化することが必要だと言えよう。












