ベルリンで体験した世界の鉄道の「破壊と創造」
未来を変える鉄道技術が一堂に集結
- 2024/12/10
ドイツ・ベルリンで2年に1度、開催される鉄道の国際見本市「イノトランス」には、開発されたばかりの最新の鉄道車両がずらりと並ぶのが恒例だ。世界の最新の鉄道事情を知ろうと、鉄道会社やメーカー、政府関係者、そして鉄道ファンも一堂に会する。2024年の会場には、「破壊と創造」の展示が並んだ。
ウクライナ鉄道の駅名標が伝えるロシアの銃撃痕
2024年9月24日から27日にかけて開催された今回のイントランスで話題の中心だったのは、AI技術と、水素燃料電池列車など環境関連の技術である。どちらも鉄道の未来には不可欠な技術であり高い注目を集めていたが、会場の一角に異質な展示があった。ウクライナ鉄道のブースである。
そこには、銃撃で穴だらけになった駅名標が飾られていた。スマホの翻訳機能付きカメラを駅名標にかざすと、「ソリャニキ5世」駅と書かれているようだ。その傍らには焼けこげた看板もあり、大部分が真っ黒になっているものの、同じようにカメラをかざすと、「アンスク」、「専門家」、「スタッフ」といった単語だけが読み取れる。アンスクとはザボリージャ州ベルディアンスクのことだろうか。その街では激しい戦闘があり、現在はロシアの占領下に置かれていると聞く。その地にある駅に掲げられていた駅員室の看板なのかもしれない。
看板の横には、戦時下のウクライナ鉄道に関する状況が英語で説明されていた。そこにはこんなことが書かれていた。
ウクライナ鉄道は、連日のように、駅、列車、軌道、事務用の建物などがロシア軍の攻撃の標的になっているが、乗客や貨物の輸送は止めていない。これまでに鉄道作業員のうち707人が死亡し、1982人が負傷した。亡くなった鉄道作業員の遺児たちは、ウクライナ鉄道が責任を持って金銭的・社会的なサポートを行うとともに、破壊された従業員の住居も再建している。
前回、2022年9月に開催されたイノトランスには、当時、ウクライナ鉄道のCEO(最高経営責任者)を務めていたオレクサンドル・カムイシン氏が出席し、ドイツ鉄道との間で業務提携契約を締結。ドイツ鉄道からウクライナの鉄道インフラの復興支援や鉄道の運用管理手法に対するアドバイスを得ることで合意した(「水面下で動く「終戦後」のウクライナ鉄道ビジネス」2023年6月23日掲載)。
当時は、戦争がこれほど長引くとは、誰も予想していなかっただろう。新しい鉄道を建設し、既存の鉄道をより良いものにするために技術を紹介することを目的に開かれるイノトランス。しかし、この一角だけは、今、まさに鉄道インフラの破壊が進行していることを、如実に示していた。
ハイパーループ開発の最新状況も明らかに
技術の話に戻ろう。イノトランスの会場に展示されていたのは、AIや環境対策に関するものだけではなかった。たとえば、真空のチューブの中をポッドと呼ばれるカプセル状の乗り物が超高速で走行する「ハイパーループ」。リニアモーターカーと同様に磁気浮上式で走行するが、空気抵抗がないため、JR東海が開発するリニア中央新幹線の時速500kmの2倍、つまり時速1000kmでの走行が可能という。
2013年には、テスラやスペースXで知られるイーロン・マスク氏がアメリカのロサンゼルスとサンフランシスコ間をハイパーループで結ぶという構想を発表し、大きな話題を呼んだ。その後も、リチャード・ブランソン氏率いるヴァージングループをはじめ、世界各国で多くの企業がこの事業に参入し、研究や開発にしのぎを削っている。
会場に展示されていたポッドの斜体には、「TUM ハイパーループ」と書かれていた。TUMとは、多くのノーベル賞受賞者を輩出したドイツの名門、ミュンヘン工科大学(TUM)のことである。同校の航空宇宙工学・測地学部が、バイエルン州の協力を得てハイパーループを開発しているのだ。ミュンヘン郊外にテストコースも建設しているという。ポッドに見入っていると、「2023年7月にはヨーロッパで初めて客を乗せたポッドが真空のチューブ内を走行しました」と、スタッフが誇らしげに語った。「今後はテストコースの距離を1km程度に延長し、試験走行を重ねてデータを蓄積していきたい」という。
日本国内では、「ハイパーループが実現すれば、リニア中央新幹線は不要だ」という声も聞かれる。しかし、そもそもハイパーループもリニアモーターカーも、磁気によって浮上し走行するという点で原理は同じであるうえ、チューブを真空にする必要があるという点で、ハイパーループの方が難易度は高い。しかも、本来なら空路で移動すべき長距離区間を短時間で移動できることがハイパーループの強みなのだが、それほど長距離にわたり真空チューブを敷設するには多額の建設費用がかかることは、誰の目にも明らかで、「まずは近距離から始めるのが現実的」というのが、一般的な見方だ。その意味では、都市内移動や空港アクセスなど、短距離での活用が有力視されているが、短距離では十分な時間短縮効果が得られないため、費用対効果で疑問が無残る。イノトランスの会場で得た情報から判断する限り、ハイパーループはあくまで未来の乗り物であり、実用化されるまでには相当な年月がかかりそうだ。
より現実的な日本の「新交通システム」
もう少し現実味のある展示はないだろうかと思って会場内を歩き回っていたら、お膝元、日本企業が集積する「ジャパンバビリオン」で出くわした。三菱重工業のAGTである。
AGTとは、Automated Guideway Transit(自動案内軌条式旅客輸送システム)の頭文字を取ったもので、小型で軽量の車両がコンピューター制御による自動運転で専用軌道上の「案内軌条」に従いゴムタイヤで走行する交通システムである。路面電車やバスでは輸送力が足りないものの、鉄道では輸送力が過多になるような区間で利用される中間的な存在として誕生した。日本では新交通システムと呼ばれることが多く、東京臨海新交通「ゆりかもめ」、日暮里・舎人ライナー、最多新都市交通「ニューシャトル」などがその代表例として挙げられる。
AGTは、一般的な鉄道より小型で軽量な車両を用いるため建設費を抑えることができ、ゴムタイヤを使用するため鉄輪と比べて急勾配でも走行できる。しかも、ゴムタイヤは鉄輪より騒音レベルが小さいため、住宅街でも走行できる。海外ではフランスのリール、トゥールーズ、イタリアのトレノ、シンガポール、台湾・台北などの都市で採用されている、近年は、都市間の輸送にとどまらず、世界の大型空港でターミナル間の移動手段としてAGTが続々と採用されている。日本では三菱重工業がAGTを得意としているが、海外ではフランスのアルストムやドイツのシーメンスといった大手メーカーも手がけており、国際間での受注競争は厳しい。
そんななか、三菱重工がライバル勢に打ち勝つために導入した技術が、給電レールが不要になる「架線レス」である。近年、架線から電力を取り入れる代わりに、バッテリーで走行する列車の開発が進んでおり、この仕組みをAGTに取り入れた。日本では近年、特にCO2の削減などの観点から、非電化区間でディーゼル列車からバッテリー列車への置き換えが期待されている。しかし、AGTについては、別の狙いもありそうだ。
AGTの車両は、新開発された蓄電デバイスが供給する電力で走行している。駅に停車すると、客の乗降するわずかな時間で急速充電し、次の駅に向かうための電力を確保する。AGTの給電レールが不要になれば、その分、建設コストは安く済むし、軌道の小型化も可能になる。しかも、給電レールがない分、保守費用が削減できる。
軌道の小型化には、ほかにもメリットがある。同社のこれまでのAGTは最小曲線半径が30mだったが、これをさらに小さくでき、よりきついカーブにも対応できるようになる。これは、用地取得が楽になるということを意味する。
AGTの登場は1970年代であり、決して最新の技術というわけではない。しかし、その進化は著しく、高度にシステム化されて無人運転を行っている路線も少なくない。しかも、現実的な形で進化が続いているとあれば、ハイパーループよりはるかに期待度が大きいと言えよう。
シーメンスが開発した「砂漠仕様」の高速列車とは
イノトランスの会場内では、シーメンスとアルストム、そして、中国中車という大手メーカーの展示スケールが、他を圧倒していた。シーメンスが会場に持ち込んだのは、高速列車「ヴェラロ」のエジプト向け仕様だった。高速列車は、つねに気象条件の良い場所を走行するとは限らない。酷暑の中を走ることもあれば、極寒の中を走ることもある。エジプトといえば砂漠環境であるため、この車両には、機器の故障の原因になりかねない砂塵の侵入を防ぐといった対策が施されているということだった。
もっとも、一言で砂塵といってもエジプトの砂にはたくさんの種類があることから、運行エリアで8種類の砂を採取し、それぞれについて分析・検証を行ったという。また、砂嵐の中を高速で走行する場合の空気抵抗についても検討し、最適な先頭形状になるように改善を加えたそうだ。さらに、気温40〜50度という高温の状況下で走行しても、客室内の温度が25.6度という快適な気温に保たれるように検証したという。地味な技術ではあるものの、世界で安全運行するためには、こうしたきめ細かい配慮も欠かせない。
中国中車の車両では、ART(次世代都市交通システム)という新たな交通モードが気になった。外観はどう見ても路面を走る列車なのだが、車輪は鉄ではなく、ゴムタイヤである。道路には、レールの代わりに白線マーカーが敷設され、そのマーカーに沿って車両が走行する。鉄道と比べれば、はるかに簡便な仕組みである。マレーシアなどで運行実績があるうえ、日本国内でも、山梨県が提唱する富士山の登山鉄道構想を実現する際の交通モードの一案として検討されている。
このように、イノトランスでは、会場を少し歩き回っただけでさまざまな新たな技術に触れることができる。会場があまりに広かったため、訪れることができなかったブースもたくさんあった。そこにも今後の鉄道を変えるような画期的な技術開発があるに違いない。