タイ洞窟救出から1年、無国籍問題はいま
「存在しない」人々を生み出す新たな構造

  • 2019/7/14

山中で生まれるカレン族の子どもたち

 冒頭の救出劇の舞台となったタイ北西部からこのターソンヤン郡にいたる地域、そして隣国ミャンマーの東部から南部にいたる地域には、古くからカレン族と呼ばれる人々が暮らしている。タイの少数山岳民族の中では最も人数が多く、森を切り開いて細々と農業を営みつつ生計を立てているが、現金収入は少なく、ほとんどが貧困を強いられている。実際、この日、奨学金を手にした無国籍の子どもたち31人の世帯年収の平均金額は1万5,000バーツ(約4万2,000円)程度で、バンコクの1割にも満たない。
 彼らの親たちは、ほとんどがタイに長く暮らしている。にも関わらず、子どもの出生や国籍を証明する住民票を持っていないのは、住所もない山の中の家で出産し、出生届を出せないケースが多いためだ。

ターソンヤン郡の山中にあるメラ難民キャンプ(筆者撮影)

 

国籍を持たない困難

 このような状況下で生まれた子どもたちは、非常に厳しい人生を歩むことになる。

 タイ政府は、15歳以上の国民にIDカードと呼ばれる国民登録証を所持・携帯することを義務付けているが、これは、裏を返せば、国籍がなければIDカードを取得できないことを意味する。

 IDカードがなければ、郡や県を超えて移動したり、国外に出たりできない上、病院で治療を受けても保険が適用されなかったり、政府系の奨学金の受給資格が認めらえなかったりする。さらに、大学を卒業しても、公式の卒業書が発行されないため、教師などの公務員になれない上、安定した仕事に就くことも極めて困難だ。権利が制限されるということは、貧困から抜け出す機会すら奪われるということなのである。

 もちろん、各学校でも国籍のない生徒たちが国籍を取得できるよう、さまざまな支援が行われている。しかし、例えば、親子関係を証明する書類がない場合はDNA鑑定書の提出を求められるといった具合に、手続きは非常に煩雑で、長い時間を要するのが実態だ。

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