中国高速鉄道の輸出で一帯一路の沿線国家が背負う三重苦
債務と赤字に加え、「独自技術」への不信が招いた安全への不安
- 2024/12/7
今年秋、中国の高速鉄道の総延長距離が3万マイル(4.83万キロ)を超えた。最高指導者の習近平氏は、2012年の政権発足時に、総延長距離1万マイル(約1万6000キロ)の高速鉄道を建設して国内の主要都市をすべて結ぶという目標を掲げたが、その目標をはるかに上回る世界一の高速鉄道網が完成したというわけだ。
だが、そんな中国の高速鉄道政策が、実は危機に瀕しているという見方がある。同国の高速鉄道を運営する中国国家鉄路集団(国鉄集団)が高速鉄道の建設のために負った借金が累計6兆元(約1兆ドル、約120兆円)を上回ったというのが、その根拠の一つである。また、「日本やドイツ、フランスから導入した技術に独自に改良と開発を加え、完全に国産化に成功している」というこれまでの中国側の主張が事実ではなく、いまだに日本やドイツの水準をかなり下回っていることが明らかになりつつあるという事実も、根拠として挙げられる。特に、安全面について各方面から指摘されている大きな懸念は、中国産の高速鉄道を導入した一帯一路政策の沿線国家にとっても、今後、大きな課題になる可能性がある。
「自主研究」により相次いで開発された「和諧号」と「復興号」
中国の高速鉄道計画は、中国共産党にとって、史上最大の公共建設事業の一つである。2004年より日本やドイツ、フランスなどから高速鉄道技術を導入し始め、まず2007年4月に中国初の高速鉄道「和諧号」が運行を開始した。その後、習近平政権が発足した2012年末より、国鉄集団の主導で新型の高速鉄道プロジェクトが始動。2017年には、最高時速350キロの「復興号」の運行もスタートした。習近平のスローガン「中華民族の偉大なる復興」にちなんで名付けられたこの高速鉄道は、中国が自主研究を進めた末、知的財産権を有する独自の技術によって開発に成功したとされている。
中国が進める高速鉄道の開発の速さは、リーマンショック後の2009年に当時の胡錦涛政権が景気回復のために4兆元(約5700ドル、約80兆円)の財政出動に踏み切ったことで加速した。これは、インフラを建設することで成長を維持するという古い経済モデルに基づいて推進された政策だったが、結果的に汚職の温床となり、2011年に浙江省温州で発生した甚大な脱線事故の原因ともなった。
その後、2012年に発足した習近平政権の下で高速鉄道事業はテコ入れされ、復興号の開発と、鉄道網のさらなる延伸が加速する。だが、ここ5年ほどは、新たな路線や列車、駅の建設に対する支出が5000億ドル(約3.5兆元、約75兆円)を超え、国鉄集団の債務やその他の負債額も1兆ドル(約6兆元、約150兆円)近くに上っていることが明らかになった。
中国国内で急増する「幽霊駅」
中国の人気エコノミスト、呉暁波氏が運営する自身のセルフメディアによれば、中国国内には高速鉄道の駅が1300以上あるという。これは、世界各地にある高速鉄道の駅の合計を上回る数だ。
しかも、事実上、利用されていない「幽霊駅」も多い。たとえば、カルスト地形や棚田などの美しい自然を擁し、世界的な観光都市として知られる中国南部の桂林市は、人口約500万人、GDPは約2500億元(約50兆1600億円)の小さな町であるにもかかわらず、市内に9つの高速鉄道駅がある。このうち、2014年に4896万元(約97億9200万円)を投じて建設された五通駅は、2018年に旅客業務を開始したが、日に7便しか列車が停車せず、乗降者数も一日200人に満たなかったため、2022年に閉鎖され業務を停止した。駅舎は現在、無人の幽霊建築となり、駅前広場は地元の農民たちが収穫した農産物を天日にさらす場所として利用しているという。こうした高速鉄道の幽霊駅は、中国国内に少なくとも20以上あり、南京、武漢、瀋陽、大連、合肥などの大都市にも出現しているという。
こうした状況を受けて、中国国務院は2021年3月15日、「鉄道の計画・建設のさらなる改善に関する見解」を発表。省都と大都市を結ぶ高速鉄道路線を計画・建設する場合の条件として、1日あたりの双方向の旅客輸送密度が直近で年2500万回を上回ることや、中長距離旅客輸送の割合が70%を超えること、プロジェクトの総額に占める自己資金の割合が50%を下回らない、といった条件を課し、やみくもに高速鉄道を建設しないよう通達した。
この通達が奏功したのか、2022年の売上が1.13兆元(約23兆3244億円)で、695.6億元(約1兆4363億円)の赤字を出していた国鉄集団の経営は、翌2023年には売上を1.25兆元(約25兆8014億円)に伸ばし、33億元(約681億2390万円)の黒字へと転換した。それでも、20社以上の子会社が依然として厳しい経営状態だと言われている。特に、四川省にある国鉄集団傘下の企業は、2023年に10億ドル(約70億元、約1500億円)の赤字を記録したという。
ほとんどの路線で赤字が深刻化
それでも国鉄集団は、2035年までに数千億ドルを投じて、さらに1.5万マイル(約2万4000キロ)の高速鉄道を敷設することを計画している。これは、習近平氏が「豊かになるためには、まず道を造れ」と発言したことに象徴される通り、高速鉄道を含む交通インフラ整備の支出についてはコストを度外視して進めるという方針を一貫して打ち出してきたためだ。2024年初頭には、いくつかの路線について運賃を最大20%値上げすることも発表した。
これに対し、中国人の利用者らは強い抵抗を続け、ネット上には国鉄集団への罵倒があふれた。中国の高速鉄道は、ほとんどの路線が日に多くても16往復しか運航しておらず、庶民の足としての機能は極めて限定的だ。国内の観光産業が勃興している中で、2024年上半期の高速鉄道旅客量は前年の同時期より18%増加しているが、営業利益は横ばいだ。要するに、中国の高速鉄道網は経済発展に寄与するどころか、むしろお荷物になりつつあるのだ。今のところ、北京と上海の間を運行する上場企業だけが2023年に純利益15億ドル(約105億元、約2250億円)を計上して黒字を保っているものの、その他の路線はおおむね赤字である。
日独からの輸入に依存していた基幹部品
中国の高速鉄道を巡ってもう一つ問題になっているのが、安全性だ。中国では今年に入ってから高速鉄道の利用者から「揺れがひどくなった」という文句が相次いでいる。現地のSNSには、揺れのひどさを示すために高速鉄道車両の窓際に水入りのペットボトルを置いて撮影された映像もアップされている。
揺れの原因については、日本やドイツが中国高速鉄道に対する車輪の供給を停止したことが影響していると複数の事情通が指摘する。実際、中国政府は高速鉄道について「独自に開発した国産品」だと主張しているが、車輪や車軸などの基幹部品は日本やドイツから輸入していた。しかし、その日本とドイツも、2023年3月以降はおよそ5.7億元(約8000万ドル、約119億8000万円)に上る車輪や車軸の受注を拒否している。
その背景には、中国が日本やドイツの技術をほぼそのまま取り入れて高速鉄道を建設したにもかかわらず、膨大な特許を申請し、あたかも中国が独自に開発したかのように知財権を海外に喧伝していることへの不満と不信感があったと言われている。事実、中国の高速鉄道関連の特許はすでに1421件が承認され、481件が審査中だが、うち21件の革新的な技術は、日本の新幹線技術に若干の変更を加えた程度だという。
しかし中国は、日本とドイツから車輪など重要部品の供給を停止されたことを受けてこうした態度を反省するどころか、中国産の車輪の性能がすでに両国製品に匹敵する国際水準に達したと大々的に宣伝し、高速鉄道の車輪を全面的に中国製に切り替えるというポジティブニュースにすげかけた。それどころか、これまで日本やドイツ、フランス、イタリアが独占していた高速鉄道の車輪市場に中国がこれから切り込むとうそぶいた。
ところが、今年の秋ごろから「復興号の車両の揺れが尋常ではない」という声がネット上にあふれるようになった。SNSには走行中の車両の中で撮影された動画がアップされ、「まるで地震のようだ」「脱線しそうで怖い」「高速鉄道には乗るべきではない」「いつか大事故が起きるだろう」といったコメントが殺到した。高速鉄道の重要部品がドイツや日本から供給されなくなり、国産品を使うようになったためだという指摘も出ている。
習近平政権に属する匿名専門家によれば、高速鉄道に使われている中国製の車輪は、本来、時速140キロの走行になんとか耐えられる程度の強度しかないため、時速300キロ以上で走れば激しい揺れが起きるのは当然で、安全性にも大いに問題があるという。また、安全に走行できる最高時速はせいぜい200キロであるにも関わらず、復興号は一部区間で最高時速350キロを出している。ちなみに、日本の新幹線(E5系)は最高速度440キロを記録しているが、走行は最高時速320キロに抑えられている。日本は安全を最優先し、メンテナンスコストと利益のバランスによって走行の最高時速が設定されるのに対し、中国は「世界最速」という評価にこだわっているという違いが背景にある。
インドネシアの「Whoosh」は黒字化までに40年
さらなる問題は、前述の通り中国が日本をはじめ先進国の先端技術を堂々と侵害しつつ、安全性に問題のある高速鉄道を海外に売りつけていることである。2023年10月には中国が海外に初めて輸出した高速鉄道がインドネシアで開通し、「一帯一路」政策の重要な成果として喧伝されている。中国が独自に開発したとしてメイドインチャイナを謳うこの高速鉄道の最高時速は350キロで、首都ジャカルタと第三の都市バンドン間142キロを、わずか45分で結ぶ。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領(当時)は、疾走する車両の音から「Whoosh」と命名した。この高速鉄道について、中国は「今年9月末までの1年間に、のべ540万人の旅客を運び、インドネシアの地域経済の一体化と発展に貢献した」と大々的に宣伝している。

ジャカルタとバンドンを結ぶ中国支援の高速鉄道「Whoosh」の開通式で記者会見するインドネシアのジョコ・ウィドド大統領(当時)(2023年10月2日、西ジャワ州のパダララン駅で撮影)©ロイター/アフロ
もともとこの鉄道計画は、日本と中国が激しく競り合い、インドネシア政府にも資金拠出を求めた日本ではなく、全額を中国国家開発銀行の融資によって賄うことを条件とした中国側が2015年に55億ドル(約8250億円)で受注を勝ち取った。しかし、いざ蓋を開けてみると、事業費は15億ドル(約2250億円)も膨れ上がり、追加融資の金利も当初の想定より高くなったため、利益が出るまで40年はかかると言われており、インドネシア側の中には「中国側に“債務の罠”を仕掛けられた」と不満も抱く者も出始めている。しかし中国は、一帯一路政策の東欧事業としてハンガリーとセルビアを結ぶ高速鉄道計画を進めており、2025年の開通を予定しているという。
一帯一路の沿線国家で中国が進めている高速鉄道計画は、債務の問題や運営赤字の問題もさることながら、安全上の問題を海外に「輸出」することになる。日本の安全を誇る新幹線と同じ感覚で中国製の高速鉄道に乗車すると、怖い思いをすることになるかもしれない。