途上国で製造できる特許フリーのワクチン誕生
生命と知財保護をめぐる議論に決着か

  • 2022/3/3

脱植民地化への期待

 これまで見てきたように、知財の移転は、資本主義の在り方という先進国の国益の根幹に関わる問題であるからこそ、たとえ途上国住民の生命がリスクにさらされても、一朝一夕に解決することは難しい。

 そうした中、米国テキサス州小児科病院センターでワクチン開発を手掛けるピーター・ホーテズ博士を中心とする20人の科学者が、知財特許フリーでたんぱく質組み換え型の新型コロナウイルスワクチン「CORBEVAX」を開発することに成功し、世界の注目を集めている。開発費は米国内の篤志家の寄付でまかなわれ、技術供与には世界保健機関(WHO)が協力している。

知財特許フリーのコロナワクチンを開発したグループの中心人物であるピーター・ホーテズ博士。(c) Texas Children’s Hospital

 CORBEVAX は、B型肝炎ワクチン製造などに30年以上使われてきた酵母発酵技術を応用して開発された。インドで行われた臨床試験の第1、2相では有望な結果が出たとされ、現在は最終の大規模治験である第3相の段階に進んでいる。アストラゼネカのワクチンと比較しても接種後の抗体数がより多く、効果の持続期間もより長いという。

 さらに、ファイザーやビオンテックのmRNAワクチンのように動物由来の細胞を使用しないため、インドネシアをはじめイスラム教の国々で摂取が許されているハラル食品(物質)にも適合し、製造も比較的安易で保存も簡単だ。何より、既存技術を応用するために製造コストが安く、途上国向けにピッタリだという。

 正式には未承認ながら、すでにインドではライセンス供与を受けた同国の製薬企業「バイオロジカルE」が3億回分のCORBEVAXの発注を受け、製造に着手。2021年12月からインド政府の緊急承認に基づいて配布が開始され、2億5000万回分が国内向けに出荷されている。

インドの製薬企業バイオロジカルEが、ライセンス供与を受けて製造する知財特許フリーのコロナワクチン「CORBEVAX」。(c) Biological E

 バイオロジカルE は、他国に向けたワクチン製造も開始しており、2月からは月々の製造能力が1億回分に引き上げられた。加えて、インドネシアのバイオファーマ社やバングラデシュのインセプタ社、ボツワナのイミュニティバイオ社などの製薬企業に対しても、開発者側の費用負担でライセンスが供与されている。ホーテズ教授は、「製造が軌道に乗れば、生産量は米国や他のG7先進国が途上国に寄付したワクチンの総量をすぐに追い抜くだろう」との見方を示す。
 また、CORBEVAXの製造や治験、配布は現地当局の裁量に任されている。ホーテズ氏は、「多国籍製薬企業を潤わせるのではなく、現地の主体性を重んじることで脱植民地化をもたらすワクチンだ」と、胸を張る。
 パンデミックの流行をめぐっては、「すべての人が安全でない限り、誰も安全な人はいない」と言われる。たとえ先進国でワクチン接種が進んでも、途上国が取り残されれば、そこから新しい変異種が先進国を襲う可能性を戒めた言葉だ。知財移転問題の早期解決が望めない中、ホーテズ博士らのワクチンが途上国での感染者や死亡者を抑制できれば、一つの希望をもたらすケースとなるのは間違いない。

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