援助予算を縮小する米国から見た中国の支援
単純比較ができない両国をあえて比べようとする識者の意図は
- 2025/6/6
主要メディアで広がる「ある見方」
世界最大の援助国である米国。2023年10月から2024年9月の会計年度における米国際開発庁(USAID)の対外支援支出額は、食糧・医療・ガバナンス・行政などの分野を中心に、計354億ドル(約5兆562億円)に上った。
そのUSAIDを、トランプ大統領の盟友である大富豪イーロン・マスク氏率いる政府効率化省(DOGE)という「木材粉砕機」にかけて解体する作業が進んでいる(*編集部注:マスク氏は5月末、トランプ大統領との共同記者会見で政府の正式な職務を離れることを表明した)。第二次トランプ政権発足から100日あまりの間に、同組織で今後数年間に予定されていた5341件、計759億ドル(約10兆8408億円)相当のプロジェクトがキャンセルされた。これを受け、近年、世界有数の援助大国となった中国が米国の隙をついて入り込み、米国がグローバルサウスを失うのではないかと危惧する見方が、米ニューヨーク・タイムズ紙、米ニューズウィーク誌、米公共ラジオ局NPR、米経済専門局CNBCなどの主要メディアの間に広まっている。

中国は、3月にミャンマーで起こった大地震に際し、迅速かつ大規模な援助を実施して世界の耳目を集めた。写真は、中国が大型機でミャンマーに運び込んだ食料、飲料水、救急医薬品、テントなど大量の物資を前に、写真におさまる両国の関係者たち © Lin Jian /x
もっとも中国は、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)に加盟していないうえ、2014年以降は対外援助白書も刊行しておらず、支援の全体像や内訳を把握することが難しいが、自国経済圏である一帯一路向け開発借款を積極的に実施しているうえ、優遇借款と同等の条件による輸出信用も行っている。ほとんどが無償資金協力である米国とは支援の中身が全く異なるにも関わらず、米国では「われわれの援助規模は中国を圧倒している」という報道をしばしば目にする。米国の2025年10月から2026年9月の会計年度の予算案を見ると、食糧や人道支援の予算が半分以下に削減されるにも関わらず、だ。
この背景には、トランプ大統領の政策を批判するために、米国が強みを持つ人道支援と中国が得意な開発支援をあえて単純比較することで「米国が対外支援を縮小すれば中国を利する」という世論を形成したい思惑があるように思われる。米国の議論で使われるデータを基に、分析する。
ミャンマー大地震における米国の失態
米ニューヨーク・タイムズ紙は3月、USAIDのニコラス・エンリック世界保健行政官補代理がUSAID解体による悪影響を試算した内部文書について報じた。
記事によれば、世界では今後、①年間最大1800万人がマラリアに感染し、16万6000人が亡くなること、②小児まひの感染が年間数百万件増え、年間20万人の子どもたちに後遺症が残ること、③年間100万人の子どもが栄養失調に苦しみ、餓死者が出ること、そして④年間28万人以上がエボラ出血熱や、類似の出血熱であるマールブルグ病にり患すること、が予想されているという。
これはあくまでも仮説であり、USAIDの予算と人員の削減によって、直接的に伝染病の感染が拡大し、大規模な飢餓が引き起こされたという証拠があるわけではない。しかし、トランプ政権は今年3月末にミャンマーで大地震が発生した際、被災地支援のために現地入りしたUSAIDの災害調査専門職員3人をその場で解雇するという、にわかに信じ難い措置をとったため、救援活動の初動で遅れをとったのは事実である。元USAID上席政策顧問のフランシスコ・ベンコスム氏は、「米国はミャンマーの国民に“あなたたちを見捨てる”というメッセージを送った」と厳しく批判。トランプ政権はその後、被災地支援のために900万ドルを拠出した。

中国紅十字会(中国赤十字社)は、震災発生直後のミャンマーに300張のテント、2000枚の毛布、600床の折り畳み式ベッド、2000世帯分の救援キットを送った © Shen Shiwei/x
これに対し、中国の援助隊は米国より数日早く現地に入り、食料や飲料水、救急医薬品、テントなどを大量に被災地に寄贈。さらに、中国紅十字会(中国赤十字社)もテント300張、毛布2000枚、折り畳みベッド600床、救援キット2000世帯分などを支援したうえ、ミャンマーと隣接する雲南省も救急医療品を携えた救援医療隊を派遣し、現地のニーズに応えた。
ミャンマーの隣国であり、深い関係を有する中国が支援を行ったことは驚くに値しないかもしれない。しかし、先遣隊を現地でクビにした米国の姿勢は、家族や家を失い苦しむ人々に背を向けたも同じであり、迅速かつ大規模に被災者を物心両面から支えた中国とは対照的であった。明らかに失態だったと言えよう。

中国雲南省から派遣され、ミャンマー入りした救援医療隊のメンバー。医療器具や薬剤を携え、現地の人たちのニーズに応えた © China Daily Hong Kong /X
この事実を鑑みると、「中国が米国の対外援助削減の空白を埋める」という見方は、必ずしも全体像を表しているわけではないものの、ある程度、当たっていると言えよう。実際、これ機に中国に感謝の念と親近感を強めたミャンマー人は多かったと思われる。
こうしたなか、トランプ政権も米国の対外人道・医療支援活動をUSAIDから国務省の管轄下に移す一方、人道予算の多くを復活させている。つまり、米国の途上国支援は完全になくなるわけではない。だからこそ、DOGEが横暴な形で進めるUSAIDの予算と人員の削減だけに目を奪われるのではなく、復活された予算や、米議会が新たに策定した対外支援に関する法律の動向も冷静に観察し、最終的な落としどころを見極める必要がある。
「中国が最大ドナー」の国が倍増
翻って、オーストラリアに拠点を置くシンクタンク、ローウィー研究所のライリー・デューク研究員は3月18日、中国が2000年代に援助国として台頭し、2009年には開発支援額が米国を抜いたという論考を発表した(下図)。この論考では中国の「支援」の内容が詳細に定義されておらず、混乱を招く要因になっていることは承知しているものの、そうした重要な論点を無視した形で議論が一定の方向に進んでいることを押さえておくことは有益だと思われるため、以下、参照したい。

中国は2000年代に急速に援助国として台頭し、開発支援額は2009年に米国と逆転した (c) Lowy Institute
論文によれば、中国の開発援助額は2010年代後半にかけて急速に拡大し、2016年には600億ドル(約8兆5700億円)を超えた。その背景には、習近平国家主席が中華経済圏である一帯一路構想を急速に推進していたことが挙げられるという。
さらにデューク研究員は、中国の対外支援について、人道支援や医療援助より現地でインフラ開発に関与する中国企業に資金が還流するように設計された借款が中心であることが特徴だと指摘。そのうえで、2017年以降、そうしたハコモノのプロジェクトのために返済能力を上回る借款を借り入れた国々が「債務の罠」にはまり、債務不履行の懸念が高まったために中国の支援が激減したと述べている。
その後、世界がコロナ禍に見舞われた2020年に米国が再び中国を抜き返し、世界最大の援助国となった一方、中国は経済成長が鈍化し、若者の失業率の高まりや不動産市場の崩壊も相まって対外援助額を拡大する余裕を失っているとデューク研究員は言う。トランプ米政権が中国に対して高関税を賦課したことから、中国の苦境は一層深まっている。
とはいえ、最大の援助国に返り咲いた米国も、国内の財政赤字が許容できないレベルに膨らみ、納税者である有権者の経済的な苦境が進んだことから、今までの形で対外支援を継続することができなくなった。

米国の対外援助は、人道支援が99億ドル、保健・医療が95億ドルと、インフラの11億ドルや経済発展の9億ドルを大きく上回っている(c) Library of Congress
それでも、米国は人道支援に99億ドル、保健・医療に95億ドルを支出しており、インフラ支援の11億ドルや、経済支援の9億ドルを大きく上回っている。ハコモノ支援が中心の中国と比べ、思想の違いは明確だ(上図)。
前出のローウィー研究所の試算によれば、米国が対外支援を削減することで、米国より中国からより多くの開発資金を受け取る国の数は、これまでの44カ国から84カ国へと、ほぼ倍増するという。

中国は44カ国で妊婦や母親、乳幼児向けの医療を支援している。写真は中国人の看護師(c) FocoenChina-ALC /X
中国が正確な援助額を公表していないため、片方の数字の正確さが保証されないまま推測であることは考慮する必要があるものの、この論考には、米中対立の激化を背景に「中国が米国の空白をすぐには埋められないことは明らか」だという議論のたたき台を提供する目的があると思われる。その背景には、ワシントンが今、何らかの統計的な論拠を必要としていることが挙げられる。
アフリカ開銀への拠出を皆減したアメリカと日本への示唆
とはいえ、特にアフリカの国々の開発協力に中国が米国の空白に入り込む余地があることは間違いないだろう。アメリカに加え、イギリスやドイツ、フランスなども相次いで支援を削減しているからだ。効率性が疑問視されるようになっていることに加え、各国の財政事情が悪化し、「開発支援は民間セクターに任せよう」という声が高まっていることが背景にある。OECDがDAC加盟国を対象に実施した調査によると、アフリカ地域に対する2024年のODA実績は前年比7.1%減少しており、2025年にはさらに9~17%減少することが予測される。
下図は、アフリカ開発銀行に対する西側諸国の拠出金を比較したものである。これによると、アメリカは2023~25年に5億5400万ドル(約797億5770万円)を拠出したにも関わらず、2026~28年には拠出がまったく予定されていない。
テッド・ヨーホー元下院議員は、「われわれが(対外援助から)いなくなれば、中国が入り込むだろう」と米ABCニュースに対して語っている。また、民主党のアミ・ベラ下院議員も、「太平洋島嶼国に対する米国の影響力を中国に明け渡すことになる」と述べている。
また、国連で人道問題を担当するトム・フレッチャー事務次長兼緊急援助調整官も、ミャンマー大地震における米国の援助の出遅れを「戦略的なミス」だと批判したうえで、「もはや世界は米国に頼ることはできない」との見方を示した。
こうしたなか、米世論調査大手ピュー・リサーチが3605人の米有権者を対象に3月下旬に実施した調査では、52%が「世界における米国の影響力は弱まっている」と回答したが、「世界における中国の影響力は強まっている」と答えた人の割合はそれをはるかに上回り、73%に上った。
多くの米国人は、対外援助を縮小する必要性を感じながらも、中国に対抗する必要上、逆説的に何らかの「対策」をとる必要性を認めているように思われる。

調査対象者のうち73%が「世界における中国の影響力が高まっている」と回答している © Pew Research Center
世界の対外援助環境が激変し、中国の相対的な影響力が潜在的に強まるなか、米国の同盟国である日本が対外援助で果たす役割にも工夫が求められているのではないか。
おりしも、トランプ政権が高関税をちらつかせながら、日本に対してコメや牛肉、魚介類市場の開放を迫っている。だが、日本としては、食糧安全保障の観点から日本の生産者を守りたいところだろう。

スーダンの難民キャンプでは125家族がUSAIDから飲料水と医薬品の支給を受けていた。だが、その支援はトランプ政権下で打ち切られたという(c)Camila Valero /X
そこで、妥協案として、日本が米国産のコメや大豆を輸入したうえで、それを国内市場に出す代わりに、日本の対外援助として中東やアフリカなどの途上国に「再輸出」するという方法を検討してはどうか。
そうすることで、米国の貿易赤字の削減が期待されると同時に、米中貿易摩擦によって中国市場から閉め出されつつある米農家の輸出販路を確保できるため、トランプ大統領はその成果を米国民にアピールできる。一方、日本にとっても自国の農産物市場を守ることができるため、両国にとってwin-winとなる。さらに、世界で飢えに苦しんでいる人々を救済できるうえ、中東やアフリカで拡大する中国の影響力を抑止することにもつながるだろう。
USAIDの対外食糧援助の一部を日本が肩代わりし、日本の市場を守ることで食糧安保も確保するような解決策が模索されてよいと考える。