若者の心をつかんだトランプ次期米大統領に課せられた課題
パンデミックの打撃を受けて保守化が進む若年層をどう救済するか
- 2024/11/22
11月5日に投開票が行われた米大統領選挙では、接戦という事前の予想を覆して共和党のドナルド・トランプ候補が民主党のカマラ・ハリス候補に大差で勝利した。今回の選挙で両陣営の勝敗を大きく左右したのは若年層だと見られている。両候補は、10代後半~20代全体のいわゆるZ世代の票をめぐり熾烈な争奪戦を繰り広げたが、若者の心をつかんだのは、トランプ次期大統領であった。その背景には、多くの若者がコロナ禍を経て就職難に直面し、保守化している現実がある。パンデミックによる経済封鎖によって楽しいはずの学友との青春の一部を奪われ、対面授業も削られて学力的に伸びる機会を制限されたZ世代の男女の多くは、徐々に悪化しつつある労働市場でも不利な立場に置かれている。
今回の大統領選におけるZ世代の最終的な投票行動はまだ出口調査データから明らかになっていないが、初期集計では全体的にハリス支持が多かった。また、男性が主にトランプ氏を支持する一方、女性はハリス候補を支持したことが明らかになっている。さらに、いまだ全般的にリベラル志向は強いとはいえ、男女とも保守志向が強まりつつある傾向も示された。
この記事では、将来の米国を担う世代の生の声を通して米国の未来を見通したい。
すでに雇用されている人々の安全弁に
米経済の好調が伝えられる。米商務省が大統領選直前の10月30日に発表した7~9月期の国内総生産(GDP)速報値では、インフレ低下と力強い賃金上昇が個人消費をけん引し、年率換算で前期比2.8%増と、安定した成長が再確認された。バイデン・ハリス政権にとって追い風になるはずの発表だった。
ところが、若年層有権者の多くは、その恩恵を十分に受けられていない。米労働統計局の発表によれば、16〜24歳の失業率は7月に9.8%に達したという。同月の全米平均の4.3%と比較して2倍以上に上っている。
その後、9月には16〜24歳の失業率が9.2%にまで下がったものの、依然として9%を上回る状態が続いており、多くの若年層がすでに雇われている人々の「安全弁」となり、就職困難に陥っていることが示唆されている。かつて、1990年代中盤から2000年代初頭の日本で若年失業率が10%前後で推移していた「就職氷河期」を彷彿とさせる。
9月6日付の米ワシントン・ポスト紙は、東部ニューヨーク州北西部に住み、建設専門学校を卒業したばかりの22歳の青年ダミアン・ニチャリコ君のインタビューを掲載した。ダミアン君は、「少なくとも50の建築企業やスーパーマーケット、銀行の求人に応募したが、どこからも返事すらもらえず、誰も関心を示してくれない。今はフードデリバリーの仕事をしてしのいでいる」と、苦境を語っている。
雇用が厳しくなっているのは、高校や専門学校の卒業生のみではない。ニューヨーク連銀によれば、大学の新卒者における失業率は10月に5.3%と、全年齢層平均の4.1%よりも1.2ポイントも高くなっている。
米ニューヨーク・タイムズ紙は9月6日付の分析記事で、「22〜27歳の最近の大卒者の失業率や不完全雇用率は2023年にわずかに増加した。また、全労働者に対する新たに就業した労働者の割合を示す入職率は、(リーマンショックからの回復期だった)2014年以来の低い水準に落ち込んだ」と伝えた。
同記事では、ロサンゼルスのペパーダイン大学で国際関係学を専攻し、2023年夏に卒業したベイリー・ヘイズさんの声を取り上げている。彼女は、「どれだけ多くの求人に応募しても、返事がない。私と同時に卒業したほとんどの友人たちも半年から9カ月間、仕事を見つけられていない」と、多くの新卒者が置かれている現状を説明した。
そのうえで、「私は結局、無給のインターンシップしか見つけられなかったので、犬の世話をする仕事でしのぎ、結婚して義父母の家に住んでいる。雇用市場が改善するまで、大学院に行くことを考えている」と述べた。
ビジネス・求人サイトである米リンクトインのチーフエコノミストを務めるカリン・キンボロー氏は、同記事で「(米経済が軟着陸するか景気後退に陥るか不明瞭な環境で)企業の採用担当者は新卒者の採用に対して非常に慎重になっている」との見解を示す。つまり、米経済が堅調に見え、全米平均失業率も低水準にとどまっているのは、すでに就職した人が「逃げ切れた」一方、卒業予定者や新卒者の多くが、すでに雇われている人々を守るために「犠牲」となっているからだと言える。
英コンサルティング大手のアーンスト・アンド・ヤングが2月に16~26歳の米国人男女1500人を対象に実施した調査では、Z世代の39%が2つ以上の仕事を掛け持ちしていることが判明した。彼らのうち4割の雇用は質が悪く、不安定なのだ。大統領選でハリス候補が若年層の票を大幅に減らし、トランプ次期大統領がこの層に食い込んだ裏には、こうした経済的不安があると思われる。
パンデミックと支配階級からの無視でされ続けた「Z世代の男性」
であるにもかかわらず、若年層の苦境は、より年齢の高いグループと比べて米メディアで取り上げられることが少なく、いわば「忘れられた存在」になっている。
他方、1997~2012年に生まれたZ世代は、今年の大統領選でおよそ約4100万人に上る重要な票田であったため、両陣営の間で奪い合いになった。ハリス候補もトランプ候補も激戦州の大学キャンパスで頻繁に選挙集会を開催したことがその証左だ。
投開票日に先立ち米ニュース局のCNNが調査会社SSRSに委託した世論調査によれば、投票する可能性の高い35歳未満の有権者の回答は、ハリス候補がトランプ候補を52%対40%と12ポイントもリードしていた。
しかし、就職活動で逃げ切れた層と、就職氷河期にひっかかってしまった層の間で政治志向に明確な違いが見られることは興味深い。ハーバード大学ケネディ行政大学院が9月に調査したところによると、25~29歳の男性のうち48%が「自分は中道」(上図のベージュ線)、27%が「自分はリベラル」(青線)、21%が「自分は保守」(赤線)と回答した。
一般的に若者は、年齢が下がるほどリベラルになる傾向がある。しかし、この調査では、18~24歳の男性のうち中道と答えたのが48%と、年齢が少し上の層とほぼ同じ割合を示しいるものの、リベラルと保守の割合は両年代層で入れ替わっている。18~24歳の男性で民主党離れが進み、トランプ支持が高い傾向が明らかだ。
また、男性の間で保守化が際立っている。前述のハーバード大学の調査では、30歳未満の男性はトランプ支持が36%、ハリス支持は53%にとどまるが、女性ではトランプ支持がわずか23%なのに対し、ハリス支持が70%にまで跳ね上がる。
この傾向についてハーバード大学の世論調査専門家であるジョン・ボルぺ氏は、「18~24歳の層はパンデミックで最も打撃を受けたにもかかわらず、エスタブリッシュメント(支配階級)に無視されたと感じている」と解説する。
就職難に直面し、「女性が優遇されて自分たちは取り残されている」と感じる男性でそうした感情が特に強いところに、トランプ陣営がキャンパス集会やポッドキャスト、ソーシャルメディアで誘いをかけ、トランプ支持の有権者になってもらうことに成功したようだ。