『月刊ドットワールドTV』#6 国民のルーツと外交のはざまに立つヨルダン
国民の7割がパレスチナ系 イスラエルとも和平条約を締結

  • 2025/3/1

 ドットワールドとインターネット上のニュースサイト「8bitNews」のコラボレーションによって2024年9月にスタートした新クロスメディア番組『月刊ドットワールドTV』が6回目のライブ配信を行いました。今回は、ナビゲーターを務めるドットワールド編集長の玉懸光枝が、ヨルダン在住のNPO職員、磯部香里さんを東京のスタジオゲストに招き、8bitNewsの構二葵さんとともに伝えました。

理論だけでは分からなかったさまざまな思いと温度差

 6回目となる番組は、「国民のルーツと外交政策のはざまで ヨルダン在住パレスチナ男性の思い」と題し、2025年2月28日の日本時間21時半から8bitNews上で配信されました。

 冒頭では、この日の朝にラオス出張から帰国した玉懸が、約20日間滞在していたルアンパバーンで撮影した映像を基に、仏教と伝統が根付く世界遺産の町の様子や人々の暮らしを簡単に紹介しました。

 続くゲストトーク「ドットワールドCross」では、昨年11月にスタートした連載「ヨルダンから見るアラブ社会」(第1話)(第2話)の筆者、磯部香里さんをゲストに迎えて対談しました。

 現在はNPO職員としてヨルダンで活動している磯部さんがこの地域と出会ったのは、2019年に一人でバックパッカーとしてヨルダンやパレスチナを回ったのがきっかけだったといいます。荒廃したパレスチナの町を巡回するイスラエル兵や、ヨルダンのあたたかい人々との出会いなどが印象的で、仕事を辞めてイギリスに留学することを決意。コロナ禍が明けてから渡英し、政治学とアラビア語を学びました。

 その後、学問として学んだ理論が人々の生活にどう反映されているのか知りたいと思うようになり、ヨルダンでの語学研修を経て現職のポストに応募した磯部さん。現地の人々と触れ合い、交流する中で、大学院時代にパレスチナ人やヨルダン人を国籍別に分類して分析していたのとは対照的に、一人一人の考え方がいかに異なり、さまざまな生活を送っているのかひしひしと感じていると語りました。

 第1話でも触れられている通り、ヨルダンは、比較的安定した治安と政治を維持してきた王国で、欧米諸国との強固な外交関係を保ち、近隣国からも多くの難民を受け入れて地域の安定に大きく貢献してきました。一方、国民の約7割がパレスチナ系でありながら、国家としては1994年にイスラエルと和平条約を締結し、水資源をイスラエルに依存している側面もあり、ヨルダン国王や政府は難しい板挟みの状況にあります。

 そんなヨルダンでの生活について、磯部さんは「韓国料理屋や日本食材を購入できる店があり、Uberなどの配車アプリもあって移動しやすく暮らしやすい」と述べたうえで、「2024年秋にイランとイスラエルの関係が緊張した際はヨルダン上空をミサイルが通過した」と、政治的に不安定な国や地域に囲まれている国ならではのエピソードも紹介しました。

 続いて、第2話で紹介したパレスチナ2世のシナーンさんへの取材については「穏やかな風貌だが、パレスチナ人としての強いアイデンティティと誇りを感じた」「家の中にも、パレスチナのものがたくさん飾られていた」と振り返りました。

 さらに、ヨルダン社会については「国民の大半がパレスチナルーツだからこそ、イスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘が激化するにつれてパレスチナ支援を訴える声が高まり、イスラエルに対する抗議デモも町中で行われるようになった」と述べ、ユダヤ民族の象徴である六芒星(ヘキサグラム)が描かれたゴミ箱や、パレスチナとの連帯を示すクーフィーヤの布が座席に巻かれたタクシーの写真を紹介しました。

 そのうえで磯部さんは、「パレスチナ系ヨルダン人といっても、パレスチナに対する思いやハマスの評価はさまざま。SNSで積極的に発信する人から、あえて表に出さない人まで、温度差もある」と指摘。「世代や背景による違いに十分留意し、“ヨルダンに住むパレスチナはこう”と、ひとくくりにしないことが重要」だと強調しました。

 実際、磯部さんは現在、第3話も準備中です。「第2話は、ホストコミュニティで暮らしているシナーンさんを取り上げましたが、次は難民キャンプで暮らす方の思いを伝えます」と話しています。

「一人一人のストーリーを伝えたい」

 対談では、アメリカで今年1月に発足した第二次トランプ政権が打ち出した対外支援の縮小についても取り上げました。

 イスラエルのネタニヤフ首相と2月4日に会談したトランプ米大統領は、その後の記者会見でガザ地区について「アメリカが引き継ぎ、長期的に所有して再建する」「ガザを世界中から人が集まる場所にし、住民は別の場所へ再定住を進めるべき」と発言し、パレスチナやアラブ諸国から強い反発を招いています。 

 これについて、磯部さんは「ヨルダンでもSNSやデモなどで反発の声が上がっている」としたうえで、「若者を中心に、イスラエルが次はヨルダンを攻撃するのではないかと恐れる声がある」と話しました。

 さらに、アメリカの海外援助を管轄し、世界の途上国や紛争地域で食糧や医療などの支援を展開してきた国際開発庁(USAID)に対してトランプ大統領が予算と人員の大幅削減や活動の休止を指示していることについて、磯部さんは「ヨルダンはこれまで、ウクライナやイスラエルに次いでアメリカから多くの支援を受けてきた」と述べ、「ヨルダン国内でもUSAIDの援助を受けていた団体の職員が突然、解雇され、活動に早くも支障が出ているNGOもある」と指摘しました。

 また、アブドラ国王が2月11日にアメリカのホワイトハウスでトランプ大統領と会談した際、トランプ氏のガザ再建構想に対して強く反対できなかったことに対する不満も国民の中にあったものの、国王がヨルダンに帰国した時にはそうした声を打ち消すかのように大々的なパレードが行われたとも紹介しました。

 最後に磯部さんは、「ヨルダンは、国民の多くがパレスチナにルーツを持つ一方、イスラエルやアメリカとも外交関係があるという不思議な立ち位置にあるからこそ、いろいろな立場から物事を見ることができる」と述べ、「日本人にとって中東は怖いイメージが強いと思うが、外国人である私だからこそ客観的に見えることや面白いと感じることを日常の中から見つけ、一人一人のストーリーを伝えたい」と、連載に寄せる意気込みを語りました。

トランプ米政権が再登場 世界のまなざしは

 続いて、その他の新着記事を紹介する「ドットワールドUPDATE」では、「世界写真館」と「報道を読む」から3本の記事を紹介しました。

 「世界写真館」からは、2021年2月に起きた軍事クーデターから丸4年が経過したミャンマーの最大都市ヤンゴンの街角で2023年に撮影された3本指のイラストと「FREEDOM」の文字を撮影した写真家の山川将大さんの「【Pray for Myanmar】若者の街を歩くと」を紹介しました。

 ミャンマーの人々が軍政に抗議し、非暴力による抵抗の意志を表すために掲げる3本指のサインは、もともとアメリカの映画に登場したポーズで、現在はタイや香港などの民主化運動でも若者たちを中心に広く使われています。捕まる恐怖を抱きながらも落書きという形で抵抗の象徴を描き続ける人々の勇気をとらえた写真です。

 また「報道を読む」からは、第二次トランプ政権に対する世界のまなざしを、南アジアと東南アジアの社説から探りました。このうち、「米国で第二次トランプ政権が始動 南アジアはどう見ているか」では、中国への対抗意識からアメリカとの関係構築を論じるインドと、トランプ大統領を「超国家主義的な指導者の再登場」として警戒心を隠さないバングラデシュの社説を紹介しました。一方、「第二次トランプ米政権を東南アジア諸国はどう見るか」では、南シナ海の領有をめぐり中国との激しい対立を抱えてアメリカの後ろ盾に期待するフィリピンと、ビジネスマンとしてのトランプ大統領の横顔に期待するインドネシアの社説を紹介しました。

 番組の最後には、磯部さん、構さん、そして玉懸の3人が、傍若無人なトランプ大統領に振り回されつつある世界の行方や危機に直面する人道支援、そして現場への余波について話し合いました。

          *

 2019年7月にスタートしたドットワールドは、昨夏、創刊5周年を迎えました。これまでのご愛読と応援に心から感謝いたします。節目のタイミングでご縁をいただいた8bitNewsとのクロスメディア番組「ドットワールドTV」を通じて、一層多くの方々に記事をお届けできれば嬉しいです。ぜひご視聴ください。

ドットワールドはこれからも世界の人々から見た世界の姿や彼らが大切にしているもの、各国の報道ぶりや現地の価値観を喜怒哀楽とともに伝えることで、多様な価値観を理解し、違いを受容し合える平和で寛容な一つの世界を築く一助となることを目指します。引き続きどうぞ宜しくお願いします。

 

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