カシミールのテロ事件を巡り交錯するインドとパキスタンの思惑
テロ事件直後の両国の社説に見る主張の違い

  • 2025/5/30

 インドとパキスタン国境にあるカシミール地方のインド支配地域パハルガムで4月22日、武装集団が観光客ら26人を殺害したテロ事件が発生した。パキスタンは関与を否定したが、インドはパキスタンを強く非難。パキスタンとの貿易の即時停止をはじめ、パキスタン人に対するビザの発行停止や、両国の水資源の管理を定めた国際条約、インダス川水協定の停止といった報復措置を次々と講じた。また、5月6日にはパキスタンおよびパキスタン占領下カシミールにあるテロリストの拠点を標的とした空爆も行った。

 カシミール問題は歴史的に長く複雑であり、両国の思惑や解決へのアプローチは大きく異なる。その違いは、今回のテロ事件の直後に、より鮮明に浮き彫りとなった。

カシミール州パハルガムで起きた無差別発砲テロ事件の翌日、現場から約20キロ離れたハパトナール村では、犠牲となった日雇い労働者アディル・フセイン・シャー氏の葬儀が行われ、遺族が悲しみに暮れた。 (2025年4月23日撮影)(c) AP/アフロ

インド紙が求める「強く賢い」外交戦略

 インドの英字メディア、タイムズオブインディアは4月23日付の社説で、「強く、賢く攻撃せよ」と題した記事を掲載した。

 社説は、このテロ事件を受けてインド政府が講じた報復措置に言及し、「インドとパキスタンの全面衝突こそ、パキスタン側が望む展開」だと指摘。そのうえで、パキスタンに「賢く」圧力をかけるべきだと主張する。

 「パキスタン政府は、自国の存続を脅かす国内問題から世界の目をそらすために、国外で対立を作り出そうとしており、米国、中国、アラブ諸国もそれに巻き込もうとしている。インドは、その罠にはまってはならない」

 さらに社説は、今回の攻撃が、モディ首相のサウジアラビア訪問中に行われたことに着目する。「サウジアラビアは近年、テロ資金供与の取り締まりに多額の投資をしているが、その一方で、パキスタンへの経済支援は継続している」と社説は指摘。インド政府はこの機会に、サウジアラビアに対して「地域の安全保障と発展の障害」であるパキスタンへの支援を断ち、インドと手を結ぶように要請すべきだと訴えている。

 また、中国については「パキスタンの全天候型友人」、かつ「最大の支援国」だとしたうえで、「トランプ政権の発足により、中国はインドとの友好関係を回復したいと考えている」と指摘。この機会を利用して、中国からパキスタンに、反インド勢力の取り締まり強化を求めるように差し向けるべきだ、と主張する。

 社説が求めるこうした「強く、賢い」外交戦略には、このカシミールのテロ事件を逆手にとって、中国との関係をはかる試金石にしようというインド外交のしたたかな考え方が示されている。

パキスタンは他国による仲裁を期待

 パキスタンの英字紙ドーンは、4月27日付で「危機における対話」と題した社説を掲載した。

 社説は、インドが事件発生後、即時にパキスタンを非難したことは「期待していたほど国際社会の支持を得られていない」と指摘。「パキスタン政府が、パハルガムの悲劇について中立的な国際調査を呼び掛けたのは正しい判断だった」と述べた。

 その一方で、襲撃に対するインド政府の報復措置については「極端な反応」だと述べ、「緊張緩和のために国際的な介入が必要となる状況を生み出した」と、インド側の責任を問う。また、ウクライナ戦争と中東危機に「巻き込まれている」アメリカは、カシミールの緊張の高まりに「ほとんど関心をもっていないようだ」との見方を示し、「インドはパキスタンに対する強硬姿勢の正当化を必死に求めているが、その承認も得られていない」としている。

 だが、社説は「サウジアラビアとイランからは仲裁の申し出があった」ことを明らかにしたうえで、「インドとパキスタンの間の信頼関係が崩壊している以上、自力での解決を目指すより、第三国による仲裁を通じた緊張緩和を目指す方が、はるかに成熟したアプローチだ」と述べ、他国からの介入に期待を示している。

平和的解決を望む周辺諸国の声

 両国に抑制を強く求めたのは、バングラデシュの英字紙デイリースターの4月26日付社説だ。長い間、繰り返されてきたインドとパキスタンの衝突については、多くの国が同じ意見であろう。

 「私たちは、核を保有する両国が報復措置を放棄し、交渉の場で紛争を解決することを希望する。地域の安全を損なう行動を避け、両国の利益に資する外交的解決に注力することを強く求める」と、社説は強く訴えている。

(原文)

インド:

https://timesofindia.indiatimes.com/blogs/toi-editorials/hit-em-hard-smartly/

パキスタン:

https://www.dawn.com/news/1906879/crisis-talks

バングラデシュ:

https://www.thedailystar.net/opinion/editorial/news/call-restraint-3880701

 

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