オーストラリアの安全保障専門家が見るインド太平洋地域の安泰
「破壊の時代」に開かれた第62回ミュンヘン安全保障会議を振り返る

  • 2026/4/2

「台湾は “アジアのウクライナ” ではない」

── 日本の茂木敏充外務大臣が今回のパネルディスカッションで「今日のウクライナが明日の東アジアになるという強い危機感」を示したように、台湾はしばしば「アジアにおけるウクライナ」にたとえられます。

ウェイクフィールド氏 台湾をインド太平洋におけるウクライナにたとえるのは、適切ではない。その理由は二つある。

 第一に、欧州諸国は、台湾有事の可能性を持ち出してアジア諸国にウクライナ支援を要求してきた。しかし、ウクライナ侵攻は国際法で最も重要な国家主権と相互不侵略の原則を破るものであったのに対し、台湾は国家として認められておらず、ウクライナと同じ国際法上の地位が与えられているわけではないため、純粋な比較はできない。

 第二に、ウクライナと台湾では、侵攻を防ぐ抑止力がまったく異なる。ウクライナはNATOに加盟していないうえ、単独の軍事力も脆弱で何の抑止力も働いてなかった。欧州全体がロシアに油断していたのだ。

── 台湾に中国が侵攻することは、本当にあり得るのでしょうか。

ウェイクフィールド氏 私は誇張だと思う。習近平国家主席が「2027年までに台湾攻撃の体制を整えたい」と発言したとよく言われる。しかし、同氏が実際にそう言ったという事実を私は確認できなかった(筆者注: 習近平氏によるこの発言は、2021年のアメリカ議会公聴会で当時のインド太平洋軍フィル・デビッドソン司令官が初めて言及。2023年、CIAのウィリアム・バーンズ前長官は「習氏が武力行使をするかを決めたかは不明」としたうえで、再びこの発言に言及した。しかし、アメリカ国家情報長官室の『2026年年次脅威評価』では、「中国指導部には2027年に台湾を侵攻する計画はない。武力を行使せず統一を達成することを望んでいる」との分析が示された)。
 実際のところ、台湾への武力攻撃は非常に愚かな行為であろう。台湾には、中国からの侵攻を抑止する力が重層的に働いている。台湾には高度な半導体製造能力があり、その工場が機能停止に陥れば世界経済は停止し、中国自身も深刻な打撃を被ることになる。また、台湾は島であり、水上からの侵攻は難しい。軍事作戦を仕掛けるなら西海岸の2カ所に限られるが、当然、反撃もそこに集中するため、一人っ子政策の影響で各家庭に一人しかいない若者たちが犠牲になるリスクを中国指導部は容易に許容するとは考えにくい。さらに、台湾攻撃にあたっては日本とアメリカとの直接対決を避けられず、中国は沖縄にある米軍基地や、与那国島にある日本のレーダー施設を先に無力化しなければならないが、第二次世界大戦が終結した1945年以来、どの国も大規模な海戦を経験していないため、その結末は極めて不確実だ。
 なにより、現在、台湾を率いる民進党の頼成徳総統はあまり人気がない。もしも彼が権力の座から転落すれば、親中の国民党が政権を握るだろうし、中国も台湾メディアへの働きかけを強めている様子が見られる。そんななか、わざわざ戦争を起こすだろうか。
 こう考えると、現在の情勢下では台湾への侵攻が差し迫っているとは考えづらい。しかし、台湾は依然としてさまざまなリスクにさらされており、海上封鎖や威圧、グレーゾーン行動が行われたり、予測できない政治情勢下で抑止力が機能しなかったりする可能性もある。

中国の王毅外相もミュンヘン安全保障会議に登壇した (c) MSC / Kuhlmann

── 日本の外交姿勢についてはどう見ていますか。

ウェイクフィールド氏  高市首相が国会で台湾有事を「日本の存立危機事態」だと表現し、中国側は日本を強く批判したことで、日中関係は硬化した。しかし、首相が国会で自国政府の既存の政策を表明することは、議論の余地のない正当な行為であり、中国の完全な過剰反応である。

 そもそもこの表現は、2015年の防衛改革に関連して用いられた法的用語である。当時の改革はかなり論争を呼んだものの、この発言自体が日本政府の現行政策の立場を述べたに過ぎない。もし中国が台湾を攻撃する場合は、先に日本に攻撃を仕掛ける可能性もあるためだ。

 高市首相が任期中に挑発的な行動を取る可能性はある。しかし、これまでのところ、彼女が中国を挑発する行動を取った事実はない。首相としての任期は、実際の政策実績で評価すべきだ。

インド太平洋地域の脆弱性

 インド太平洋地域の多層的なネットワーク構造には、構造的な問題もある。ミュンヘン安全保障会議中に開かれたオーストラリア国際問題研究所によるサイドセッションでは、その脆弱性も明らかになった。

1. 統一された「脅威」の不在
 インド太平洋地域は広大で、各国が抱える脅威はそれぞれ異なる。欧州諸国は建前上、共通してロシアを脅威と見なしているのに対し、日本が有する中国への脅威はアジアで共有されているわけではない。特に、東南アジアの国々の多くは、アメリカと中国の間でバランスを取ろうとしてきた。
たとえばフィリピンも、南シナ海を巡って中国と対立しているが、マレーシア国家安全保障会議のラジャ・ダト・ヌシルワン事務局長は「東南アジアに共通の見解など存在しない。マレーシアにとって中国は経済成長のチャンスを後押ししてくれる存在だ」とコメントしている。

2. 同盟国の国内政治の不安定性
 同盟国における政治的な状況の影響力は、2カ国間の連携が多国間の連携をしのぎ、アメリカのトランプ政権の不確実性は、連携を脅かす。また、政権交代のたびに日本への態度を劇的に変える韓国のように、アジアでも国内政治の不安定性が協力を妨げていると、ウェイクフィールド氏は指摘する。

3. 有事の際の包括的な軍事同盟の欠如
 ミニラテラルな関係は、地域のニーズに応える実務的な枠組みとしては機能するものの、その機能も軍事協力も限定的であり、有事の際、NATOのように武器を供給し作戦を展開するシステムは存在しない。

オーストラリア国際問題研究所によるMSCサイドセッションサイドセッション「ハブ・スポークからウェブと結び目:ミニラテラリズムとインド太平洋地域の安全保障の再考」の一コマ。ウェイクフィールド氏も登壇した(左から2番目) (c) 筆者撮影

 

【インタビューを終えて】多層的なネットワーク作りの必要性

 アメリカを中心とする主導の国際秩序が崩れゆくなか、それぞれの地域・国が、生き残りをかけ、安全保障をはじめ、さまざまな連携をさらに模索している。イスラエルとアメリカによるイランへの戦争が終結する兆しも見えず、不確実性が増すなか、今後も新たな協力関係が結ばれていくだろう。

 

 

執筆者プロフィール

(こまばやし・あゆみ)東京都出身、ドイツ在住。オランダ・エラスムス大学にて経営学修士、イギリス・UCL教育大学院にて教育学修士を取得。東京で外資系企業や教育ベンチャー企業に勤務した後、ミャンマーやベトナムで国際協力に従事した。現在はドイツから調査や編集ライターの仕事に従事し、欧米事情などを日本に伝えている。。

 

 

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