米大統領選後に訪れる台湾海峡の危機
ウィンドウ・ピリオド」の始まりに世界はどう立ち向かうか

  • 2024/11/11

 11月5日に投開票が行われた米大統領選でトランプ氏が再選したことによって、国際情勢、特に台湾海峡の状況は大きく変わるだろう。それが吉と出るか、凶と出るかは分からないが、台湾の隣国でもある日本は特に状況の変化に注視する必要がある。米大統領選の影響が最初に現れると見られるのは、ロシア・ウクライナの戦争だ。その行方は、ロシアと北朝鮮の同盟関係にも影響を与えるだろう。そして、中国の台湾戦略もまた、その影響を受けるのだ。

北朝鮮外相が訪露 プーチン大統領と会談(2024年11月4日、モスクワで撮影)© 代表撮影/ロイター/アフロ

ロシアに対する北朝鮮兵の派遣を米政府が懸念

 ある米国務総省の官僚が匿名でAP通信に語ったところによると、カート・キャンベル国務長官、ダニエル・クリテンブリンク国務次官補(東アジア太平洋担当)、そしてジェームズ・オブライエン国務次官補(欧州担当)という高位外交官3人が10月29日、ワシントンで謝鋒・駐米中国大使と会談し、北朝鮮がロシアに軍隊を派遣していることに対する米政府の懸念を伝えたという。中国の北朝鮮に対する影響力を行使し、北朝鮮がロシアに協力しないように働きかけてほしいというのが、会談の狙いだったという。この官僚は、中国側の反応については明らかにしていない。

 米国当局の推計によれば、現在、ロシアにいる北朝鮮兵士は約1万人に上り、うち8000人がクルスク地方にいると見られる。 ロシアはこの件について否定も肯定もしていない。北朝鮮は当初、否定していたが、その後、「ロシアに軍を派遣しているとしても国際法には従っている」と、正当化し始めている。対する米国、英国、韓国、そしてウクライナは、いずれも「ロシアが国連の対北朝鮮制裁に違反している」と非難していた。

 一方、中国は、ロシアと北朝鮮の間の軍事同盟締結と、ロシア・ウクライナ戦争の前線への北朝鮮兵士の派遣について態度を保留している。10月30日に開かれた外交部の記者会見でこの件について問われた林剣報道官は、「朝鮮半島の平和安定を維持し、半島問題を政治的に解決するプロセスが全関係者にとって利益になると考えており、関係各位にもその方向で努力を期待している」と述べるにとどまった。また、ロシアと北朝鮮の軍事同盟については、「二国間関係をどう発展させるかは、それぞれの問題だ」「中国は北朝鮮とロシアの交流と協力関係について詳細を把握していない」と答えていた。

トランプ再選で予想される地政学的な変化

 だが中国は、米大統領選の結果がこの件に与える影響の大きさを鑑み、事前にさまざまなシミュレーションをしていたことがうかがえる。トランプが当選すれば、ロシア・ウクライナ戦争の状況が劇的に変わる可能性があり、それ次第で中国としても態度を変える必要があるからだ。

 中国の習近平政権は今年9月、中国人民解放軍に対し、専門家チームがまとめたリポートを根拠に、米大統領選後の国際情勢の変化を見越して三つの指示を出していたらしい。このリポートは、華人のチャイナ・ウォッチャーらのグループチャットなどでも拡散されており、本物だと見る人は多い。

 例えば、オーストラリア在住の華人法学者で、反共的発言が多いことでも知られるチャイナ・ウォッチャーの袁紅冰教授は11月1日、「中国共産党の中央軍事委員会総合総参謀部、国防大学、そして外交部から選りすぐられた専門家チームが一丸となって米国大統領選挙の行方を分析し、中央軍事委員会を通じて9月に習近平主席にリポートを提出した」と発言した。リポートの内容は、今回の米大統選でトランプが勝利し、地政学的には天地がひっくり返るほどの変化が起きることを予測するものだという。

袁紅冰教授(2013年撮影)© VOA /Wikimediacommons

 このうち、一つ目の変化として挙げられているロシア・ウクライナ戦争については、米国が今後、トランプ氏と共和党政権の主導でウクライナ支援を軍事、経済、外交のすべての観点から縮小し、「平和と土地の交換」によって戦争を終わらせるように圧力をかけると分析している。ここで言う「平和と土地の交換」とは、ウクライナのゼレンスキー大統領にクリミア半島の奪還を諦めさせ、停戦に同意させることを指す。

 さらにリポートは、トランプ政権が戦争を終わらせるためにプーチンにも一定の妥協を要求するだろうと指摘し、その影響によって起きるだろう二つ目の変化に言及している。トランプ政権の圧力によってロシアとウクライナの戦争が終結すれば、その影響は中東に波及してイランはさらに弱体化する一方、イスラエルは中東でより強力な存在となり、米国が軍事パワーの主力を中東・欧州地域からアジア太平洋地域へとシフトするのを後押しするだろう、というのだ。

専門家チームの三つの提言 

 この分析が正しければ、中国共産党は非常に受け身の状態に置かれると予想される。それを避けるために、専門家チームは以下の三つの提言を行った。

 第一の提言は、ロシアを軍事的、政治的に支持し続けることだ。北朝鮮軍によるロシアの支援を後押しし、ロシアのクルスク地方からウクライナ軍を撃退してロシアが軍事的に優勢な状況を勝ち取っておくことで、米国で新大統領の就任式が行われる前にロシア側に有利なカードをできるだけ増やしておくという狙いだ。

ロシアによるミサイル攻撃を受けた直後のウクライナの民家(2023年4月28日撮影) © Dsns.gov.ua / Wikimedia commons

 第二の提言は、中東地域における「抵抗の弧」、すなわちガザ地区諸派を支援するハマス、イエメン・フーシ派、レバノン・ヒズボラ、そしてイラクで親イランのカタイブ・ヒズボラなどを軍事的、経済的に支援することだ。イスラエルを牽制し、米国の軍事パワーを中東にできるだけ割かせることがその狙いだ。

 そして第三の提言として、台湾作戦に向けて軍事的な備えを強化するとともに、経済的、政治的にも準備を完璧にしておくことが挙げられている。

 このリポートを見る限り、中国は必ずしもロシア・ウクライナ戦争を早く終わらせたいわけではなさそうだが、米国で正式にトランプ政権がスタートすれば戦争は終結に向かうと予測しているようだ。中国としてはその前に台湾の武力統一に向けて準備を整えておきたいと考えており、習近平政権が戦争の備えを声高に叫んでいるのだろう。

 一方、米国の軍事パワーを東欧や中東方面に引き付けておきたいとの思惑がある中国は、イランとの関係を強化することでイスラエル抵抗勢力を水面下で支援しようとしている。これまでのところ中国はロシア・北朝鮮の同盟関係について明確な姿勢を示していないが、少なくとも表立って反対しているわけでもない。その背景にはこのような理由があるものと推測できる。

 ちなみにこのリポートでは、「プーチン大統領が欲張り過ぎた場合は停戦合意の可能性が低くなる」とも指摘しており、停戦合意にならない可能性もあると見ているようだ。習近平氏はすでにこのリポートを人民解放軍の第一部隊と各省の一級軍区に通達したという。

 注目されるのは、このリポートで台湾問題を解決するための窓口期間(ウィンドウ・ピリオド)を2025年から2027年とし、中国が主導する必要性を説いている点だ。ウィンドウ・ピリオドとはもともと医学用語で、病原体に感染してから検査で検出できるようになるまでの空白の期間を指すという。台湾問題を解決するためのウィンドウ・ピリオドと言えば、「中国が台湾武力統一に出るかどうかを決めかねている不確定の期間」、または「“武力統一に踏み切るかもしれない”と国際社会を緊張させて交渉事を有利に運ぶ期間」というニュアンスで使われているようだ。

台湾・金門島から望遠鏡で中国厦門の方を見ると、統一を呼びかけるプロパガンダ文字が掲げられているのが見えた。(2024年5月、筆者の知人が撮影)

 袁紅冰氏の見方を鵜呑みにするわけではないが、このリポートに関する情報がフェイクでないなら、習近平氏が台湾海峡戦争を発動する可能性が高まっており、国際政治の観点からも危機に瀕していると言えるだろう。

ロシア・ウクライナ戦争の停戦シナリオ

 もっとも、海外のチャイナ・ウォッチャーたちの中には別の見方もある。たとえば、中国はロシアと北朝鮮を利用して米国を消耗させようと考えているものの、プーチン大統領と金正恩総書記には別の思惑があり、米国が進める停戦に乗るにせよ、その前に有利な条件を整えるために短期的なアクションとして軍事同盟を結んだのではないか、という見方がある。その背後には、ロシア・北朝鮮と中国の立場の違いがある。中国には米国と国際社会の主導権を競い、勝ちたいという野望があるが、ロシアと北朝鮮は、その米中対立を利用して国際社会での居場所を求めようとする可能性がある。つまり、プーチン大統領や金正恩総書記は、場合によっては習近平国家主席を裏切り、トランプ大統領に接近するかもしれない。ロシア・ウクライナ戦争の停戦の在り方次第ではそうしたシナリオもあり得るというわけだ。

 また、習近平国家主席が人民解放軍をコントロールできておらず、解放軍は党中央軍事委員会の張又侠・副主席の下でまとまっているとの見方も、夏以降、湧いては消え、消えては湧いている。日本の華人評論家である石平氏の指摘によれば、中国共産党の中央軍事委員会弁公庁が10月30日に発表した軍の公文書「強軍文化繁栄発展のための実施綱領」において、「習近平強軍思想」のようにもともと習近平氏の名前が冠されていた言葉から「習近平」の文字がすべて削られているというのだ。石氏はこれを「軍の静かなクーデター」だと指摘する。解放軍の制服組トップである張又侠副主席を中心に、軍が習近平支配を打破しつつある、という見方だ。そして、軍の反習近平派は台湾の武力統一に反対しているという。

 このクーデター説は今年7月以降、筆者も何度となく耳にしたが、個人的にはあまり信用していない。もともと軍内のエリートたちの中に親米派や台湾の武力統一に反対する者が多くいたことは事実だが、現在はそのほとんどが粛清されているからだ。あくまで筆者の個人的な見方だが、粛清された親米派解放軍エリートたちを育て、軍幹部に抜擢した張又侠・副主席もまた、その粛清に連座するかもしれない瀬戸際にあった。だが、張又侠自身は親の代から習近平ファミリーと親密な関係であったため、失脚を免れた。すでに定年年齢を過ぎている74歳の張又侠氏は、もはや習近平国家主席に反対意見を言える立場にない。軍幹部や国防大学の軍事専門家たちも、内心どう思っているかは別として、習近平氏の好みに応えるようなリポートを編んでいる。つまり、解放軍の制服組には、もはや「兵権」(軍を指揮する権力・権限)がなく、兵権を握っているのも、作戦指揮を執れるのも、習近平氏ただ一人、という状況だと考えられる。こうした見立ては、筆者以外にも、米国で明鏡新聞を発行していた何斌氏ら、チャイナ・ウォッチャーたちが指摘している。仮に軍と習近平氏の間に微妙な対立や反感情が存在しているとしたら、それはむしろ、台湾にとっても米国にとっても、危機が増長したと言えよう。解放軍の命令系統や統制に断絶や矛盾が起きる可能性があり、不足の事態で戦争が勃発しても不思議ではないからだ。

日本の身近にも迫る戦争の危機

 米軍は10月にハワイで軍事演習を行った。ニューヨークタイムスはこれを、米中開戦に備えたものだと伝えた。この演習は、米陸軍の空挺部隊864人がアラスカからC-17輸送機でハワイ島の三つの火山の間に向かうという内容で、ハワイのような山岳地帯の多い島国(例えば台湾)で中国との交戦を想定して訓練が行われたと見られている。また、上陸作戦が困難だと習近平氏に知らしめることが米軍の抑止計画の一部だという。

台湾・金門島から解放軍の軍艦の影が見えた。演習に参加していたのだろうか。(2024年5月、筆者撮影)

 日本の保守層にはトランプ氏のファンが多く、トランプ氏が米大統領に再選したことを「明るいニュース」だと受け取る声が大きい。しかし、これは台湾の武力統一に向けた「ウィンドウ・ピリオド」の始まりの合図にほかならない。日本人が自分とは無関係だとタカをくくっていた東欧や中東の戦争が、台湾海峡や南シナ海、東シナ海という具合に、身近なものになりかねない状況になったという覚悟が必要だ。
 ただ、この「ウィンドウ・ピリオド」を米国や台湾、そして国際社会と協力してうまく乗り越えることができれば、台湾にとっても日本にとっても、新たな立ち位置で平和と繁栄を享受できる新しい国際社会の枠組みを構築するチャンスになるかもしれない。

 

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