ASEAN外交に見る中国・王毅外相の本当の狙い
米中対立が深まるなか、中国は東南アジアをどう取り込もうとしているのか
- 2026/8/12
中国の王毅外相がASEAN関連外相会議で展開した精力的な「密集外交」が注目を集めました。わずか2日間で14件の外相会談をこなし、中国外交の存在感を印象づけた王毅氏。その外交攻勢は単なる外交パフォーマンスだったのか、それとも東南アジアをめぐる米中の主導権争いの一環なのか。中国政治を長年取材してきたジャーナリストの福島香織さんが、その背景を読み解きます。
フィリピン・マニラで開かれたASEAN関連外相会議で、中国の王毅外相が展開した「密集外交」が話題となった。わずか48時間の滞在で14件もの外相会談をこなし、中国・ASEAN会議にも出席。その精力的な外交は中国国内で高く評価され、日本外交との対比も盛んに報じられた。
しかし、この外交攻勢の目的は単なる存在感の誇示ではない。米中対立が続くなか、中国はASEAN諸国を自らの陣営へ引き寄せようと動いている。その背景を探る。
48時間で14件 王毅外相が展開した「密集外交」
フィリピン・マニラで7月20日から24日まで、ASEAN、ASEAN地域フォーラム、中国+ASEAN、ASEAN+3など関連の外相会議が開かれ、中国の王毅外相が展開した「密集外交」が中国国内外で注目を集めた。
王毅外相がマニラに滞在したのは、上海協力機構(SCO)外相会合に出席するため7月23日にキルギスへ向かったこともあり、わずか48時間ほどだった。それにもかかわらず、この間に14件の二国間外相会談をこなし、中国・ASEAN外相会議にも出席した。
ASEANのカオ・キム・ホルン事務総長をはじめ、アメリカ、オーストラリア、カナダ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インド、バングラデシュ、ブルネイ、ブラジル、パプアニューギニア、エジプト、そしてイギリスの外相との個別会談をこなした王毅外相は、それぞれの会談で、南シナ海問題をめぐる中国の立場を繰り返し説明。中国・ASEAN外相会議では、中東情勢への対応や地域のエネルギー協力に関する共同声明の採択にもこぎ着けた。
こうした精力的な外交を、中国メディアは「王毅の密集外交」と称賛した。一方で、日本の茂木敏充外相がASEAN各国との個別会談をほとんど行わなかったことをあげつらい、「日本外交は、ホスト国のフィリピンが手配した懇談や表敬訪問にのっかっただけ。世界各国が会談を求めたのは中国外相だった」と胸を張った。さらに、茂木外相側が「王毅外相と短時間言葉を交わした」と発表すると、中国側は「対話は一切なかった」と全面否定し、日本側の発表を「当たり屋外交」と揶揄した。
実際、王毅外相の外交日程は周到に準備されていたという。会議には約70の国・地域・国際機関の代表が集まっていたが、中国側は各国に王毅外相のスケジュールを事前に示し、直前まで個別会談の日程調整を続けたとされる。
ASEAN会議の場で繰り広げられた日本対中国の外交合戦は、中国側が主張するように中国の「密集外交」の完全勝利だったのだろうか。それとも、その裏には中国がASEAN外交にこれまで以上に力を注がざるを得ない事情があったのだろうか。
ASEANは米中どちらを選ぶのか
王毅外相がASEAN外交にこれほど力を注ぐ背景には、米中対立が長期化するなかで、ASEAN諸国がどちらの陣営に近づくのかが、今後の地域秩序を左右する重要な要素になっていることがある。
ASEAN諸国はこれまで、安全保障ではアメリカ、経済では中国との関係を重視し、どちらにも偏らない「バランス外交」を基本姿勢としてきた。しかし、米中対立が激しさを増すにつれ、その立場を維持することは年々難しくなり、各国とも米中どちらに傾くか、踏み絵を迫られつつある。
中国は南シナ海でフィリピンやベトナム、インドネシア、マレーシアなどと領有権問題を抱え、その横暴な主張から周辺国の警戒感を招いている。一方で、アメリカのトランプ政権が進める関税政策や、対イラン軍事行動、「世界の警察官」から距離を置く姿勢などは、ASEAN諸国にアメリカに対する不信感を抱かせている。つまり、多くの国が、アメリカと中国、いずれにも不安を感じながら、難しい舵取りを迫られているのである。
その状況を裏付けるのが、シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所がASEANの有識者2008人を対象に2026年1~2月に実施し、4月に公表した調査結果だ。ASEAN各国の有識者に「中国かアメリカのどちらかを選ばざるを得ないとしたら」と尋ねたところ、中国を選ぶとの回答は52%と、アメリカの48%を上回った。前年はアメリカ支持がわずかに上回っていたことを考えると、この1年でASEAN内部の空気が変化していることがうかがえる。
こうした状況のなか、南シナ海の島嶼をめぐる中国との対立が深まるフィリピンは、中国依存からの脱却に舵を切り、日本との排他的経済水域(EEZ)の境界画定交渉を開始するなど、日本との連携強化を進めている。中国にとって今年のASEAN関連会議は、フィリピンを足掛かりに日本が東南アジアで影響力を強めつつあることを意識し、危機感を抱かざるを得ない場でもあったと言えるだろう。
南シナ海と日本外交をめぐる中国の思惑
中国側は今回のASEAN外交を、自国外交の成果として大きくアピールしている。上海国際問題研究院東南アジア研究センターの周士新所長は、中国メディア『澎湃新聞』の取材に対し、「中国は多国間・二国間双方の場で南シナ海問題をめぐる自国の立場を明確に示し、フィリピンが議長国の立場を利用して紛争をあおろうとする試みを阻止した」と評価。さらに、王毅外相が各国との個別会談を精力的に重ねたことは「中国が世界で最も安定し、信頼できる大国であることを各国が認め始めている証しだ」と強調した。
中国国営通信・新華社によると、王毅外相は7月22日に開かれた中国・ASEAN外相会議で中国・ASEAN協力の成果を紹介するとともに、南シナ海問題をめぐる中国の立場を改めて主張した。そのうえで、「ASEANとのより緊密な協力を通じて地域の人々に幸福をもたらし、『五大家園(ファミリー)』の共同建設を推進していく」と述べた。
「五大家園」とは、いわば「中国とASEANは一つの家族」という発想だ。中国が5年前から提唱してきた構想で、中国とASEAN諸国が「平和」「安寧」「繁栄」「美麗」「友好」という五つの価値を共有する共同体を築こうというものだ。その背景には、ASEANとの結び付きを一層強め、中国を中心とした地域秩序の形成を進めたいという戦略がある。また、中国側によると、ASEAN10カ国(東ティモールを含めれば11か国)のうち8カ国が、「中国・ASEAN運命共同体」の構築に賛同しているという。
さらに王毅外相は7月21日、カオ・キム・ホルンASEAN事務総長との会談で、「中国はこの地域における最も重要な安定の要であり、ASEANとの協力を通じてグローバル・サウスの正当な権益を守り、より公正で合理的な国際秩序を築いていきたい」と強調した。ASEANを単なる経済パートナーではなく、国際秩序の再編を進めるうえで重要な協力相手と位置付けていることがうかがえる。
フィリピンへの圧力と日本けん制の狙い
一連のASEAN関連会議の開催中も、南シナ海では中国とフィリピンの緊張が続いていた。
7月20日には、アユンギン礁(中国名・仁愛礁)付近で、フィリピン海軍が駐留するシエラマドレ号への補給船に中国海警局のボートが接近し、棒で襲撃する事件が発生。フィリピン兵士が負傷した。さらに23日と24日には、スカボロー礁(中国名・黄岩島)付近でも、中国の海警船がフィリピン公船に放水するなど、衝突が立て続けに起きた。中国海警局は、フィリピン側が多数の公船や漁船を動員して中国の管轄海域に不法侵入したと主張し、衝突の責任はフィリピン側にあるとしている。
こうした激しい対立状況の最中にも王毅外相はフィリピンのラザロ外相と会談し、「挑発行為を直ちに停止し、二国間関係の安定に向けて着実な努力を払うべき」だと主張。さらに、「外部勢力の干渉や介入を野放しにし、意図的に海上での対立を煽れば、最終的に自ら苦い結果を招くだろう」などと警告し、「両国関係の改善は、フィリピン側の正しく理性的な選択にかかっている」と強調した。
この発言は、名指しこそしていないものの、日本やアメリカとの連携を強めるフィリピンに「日本と手を切って、中国陣営に入らなければ後悔するぞ」とけん制したものと受け止めることができる。また王毅外相は、同じ会議で、マレーシアのムハンマド外相から「南シナ海とは関係のない域外国が、この海域で力を誇示しようとしている」と、日本やアメリカを念頭に置いた批判とも受け取れる発言を引き出した。
さらに王毅外相は、近年、対立が先鋭化したイギリス、カナダ、オーストラリアの外相とも相次いで会談し、関係改善を印象付けた。
しかし、ASEAN周辺国のなかで唯一、個別会談が実現しなかったのが、日本の茂木敏充外相だった。
中国は近年、日本に対し、先の大戦で東南アジア諸国を植民地化した旧日本軍の復活を連想させる「新軍国主義」だと批判しながら、ASEAN諸国の反日感情をあおろうとしてきた。今回のASEAN外交でも、日本を孤立化させ、日本の対ASEAN外交をことさら失敗したかのようなプロパガンダを展開することで中国が地域外交の主導権を握っているという印象を演出しようというのが王毅外相の最終的な狙いだったのではないだろうか。
王毅外交は成功だったのか
確かに、王毅外相はASEAN関連会議で存在感を示した。しかし、その渾身の密集外交を中国側が主張するように「完全勝利」と見るのは過大評価ではないかと筆者は考える。
王毅外相にとって最も重要な会談相手だったアメリカのルビオ国務長官は会談後、「アメリカは中国との関係を可能な限り前向きなものにしたい」としながらも、「それは同盟国やパートナー、インド太平洋地域におけるアメリカのプレゼンスを犠牲にするものではない」と強調した。さらに、中国がASEAN会議の場で日本を標的にしているとの見方を示したうえで、「中国への最善の対応策は、日米関係やQUAD、韓国との連携枠組みを引き続き強化し、中国に対する抑止力を維持することだ」と述べ、同盟国との協力を重視する姿勢を鮮明にした。
オーストラリアのウォン外相も、王毅外相との会談で、中国が7月6日に太平洋上のキリバスEEZ内で実施したミサイル発射演習について、「地域の安定を損なう」と、面と向かって批判したという。
また、日本とASEANの外相会議では、ベトナムのレ・ホアイ・チュン(黎懐忠)外相が、「日本との関係は双方に利益をもたらすだけでなく、開放的で透明性があり、包摂的で法に基づく地域秩序の強化につながる」と評価し、1982年に結ばれた国連海洋法条約(UNCLOS)を含む国際法の重要性を改めて強調した。開放的で透明性がない中国への警戒感が言外ににじむ。
外交はしばしば「火のない戦争」と言われる。だからこそその勝敗は、一度の会議だけでそう簡単に見極めることはできない。
中国がこれほどASEAN外交に力を注ぐのは、ASEANが今や米中双方にとって最も重要な外交の舞台だからである。王毅外交の「密集ぶり」は、中国外交の自信の表れであると同時に、それだけASEANをめぐる競争が激しくなっていることの裏返しでもある。
今回のASEAN関連会議で浮かび上がったのは、中国がASEANへの影響力拡大を急ぐ一方で、ASEAN各国もまた米中いずれかに全面的に傾くことなく、自国の利益を見極めながら外交の均衡を探ろうとしている姿だった。
(ふくしま・かおり)1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞大阪本社入社。上海復旦大学での語学留学を経て、香港支局長、中国総局(北京)総局員で中華圏取材に従事。2009年に退職し、フリージャーナリストとして中華圏取材を継続している。主な近著に『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)、『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所)、『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス)、『コロナ大戦争でついに自滅する習近平』(徳間書店)など。メルマガ「福島香織の中国趣聞」(https://foomii.com/00146)
















