「尊厳なき生」を生き抜く ヨルダン川西岸 パレスチナ難民の祈り
日本人カメラマン 高橋美香さんのまなざし
- 2024/9/16
「いとなみ」の隙間にこぼれる祈り
そうした人々と過ごす日々を、高橋さんは写真と言葉で伝えてきた。そのまなざしの先にあるのは、小難しい国際政治の話ではなく、西岸地区で生きる人々の「いとなみ」だ。お母さんの農作業を手伝い、友達の子どもをあやし、弟と散歩する、そうした何気ない日々の暮らしである。高橋さんは言う。「一緒に過ごしていると、奪われてしまった、本来あったはずの日常が垣間見える瞬間があるんです。それが本当に愛おしい。踏みにじってほしくない、守られてほしい、と思います」
高橋さんには夢がある。パレスチナにある綺麗なものや素敵なものだけを撮りためて、形にすることだ。特に、「働いてる人たちの姿を撮るのが大好き」な高橋さんは、陶器や刺繍など、パレスチナの伝統的な技術を守り続ける職人たちの姿を撮りたいのだという。「今はまだ、それ以外のことが気になってしまって集中できません」と話す高橋さんだが、それでも「いつか必ず正しい方向に進むと信じています。みんなが解放されるまで、負けるもんか」と笑う。
西岸地区の過酷な現実の中には、日本にいれば味わわずに済んだ悲しみや苦しみがたくさんある。高橋さんを現地に通わせる原動力は何だろう。高橋さんは、「みんなの笑っている顔じゃないかな」という。「弟」の親友でもある、大切な友人が殺されて、絶望と悲しみのあまり無気力になりかけた時にも、スマホの向こうでは「家族」がこう言って笑顔を見せてくれたという。「ミカ、早く来いよ。みんな待っているから。一緒にあいつの墓参りに行こう」
高橋さんの写真絵本『パレスチナに生きるふたり ママとマハ』(2023年、かもがわ出版)には、西岸地区に滞在中に、ふと耳にした家族の祈りの言葉が、こう綴られている。
誰ひとり欠けることなく、それぞれの誕生日を祝えますように。
ちいさな喜びのつみ重ねが、おおきな悲しみをふきとばしてくれますように。
みんなが、自分の場所でおだやかに笑って暮らせますように。
西岸地区で生きる人々の、ささやかで切実な祈りに、日本から耳をすませたい。
写真家。広島県府中市生まれ。大学在学中よりカメラを片手に世界を歩き、人びとの「いとなみ」を撮影している。 著作に『パレスチナ・そこにある日常』『それでもパレスチナに木を植える』(未來社)、『パレスチナのちいさないとなみ』(共著、かもがわ出版)、『パレスチナに生きるふたり ママとマハ』(かもがわ出版)、写真集に『Bokra 明日、パレスチナで』(ビーナイス)かもがわ出版