日本と円滑化協定を締結したフィリピンが抱く「ある懸念」
日本では報じられない、安全保障の裏の「苦い教訓」とは
- 2024/8/22
日本とフィリピンは7月8日、「円滑化協定(RAA)」に署名した。これにより、日本の自衛隊とフィリピン軍は相互に往来しやすくなるうえ、共同訓練や災害支援などをより円滑に実施できるようになる。中国の海洋進出という脅威に直面する両国が、安全保障面において連携を強化する狙いだ。
米海兵隊による強姦や殺人を裁けなかった過去
今回の円滑化協定について、フィリピン側はどのような見方をしているのだろうか。フィリピンの英字紙デイリーインクワイアラーは、7月13日付で「日本との協定への教訓」と題した社説を掲載した。
社説はまず、協定への署名に好意的な議員たちの声を紹介する。「フィリピン軍の能力を強化するためのあらゆる取り組みが、起こり得る大災厄への抑止力となるだろう」(エスクデロ上院議長)、「地域パートナーと緊密な安全保障関係を築くことは心強く、歓迎すべき進展だ」(エストラーダ上院議員)。さらに社説は、「日本との円滑化協定の締結により、南シナ海の領有権争いで対立している中国に対する防衛力を強化できる」との期待を示す。
しかし同時に、「苦い教訓」もある、と社説は指摘する。その例として挙げるのが、1999年に米国との間で締結した訪問軍協定(VFA)だ。社説は、VFA締結後に米海兵隊によるフィリピン人の強姦事件と殺人事件が起きたことを指摘し、「どちらの事件でも、米国は、裁判中の被告である海兵隊員の身柄をフィリピンに引き渡さなかったため、VFAは米国に一方的に有利なのではないか、という議論が起きた」と、振り返る。
こうした背景から、今回の日本との円滑化協定には、「訪問する側の軍による犯罪は受け入れ国の法律で裁かれる」という条項が盛り込まれているという。それでも社説は、例外的な状況が起こり得ることや、協定の文言に変更の余地があることに言及し、警戒感を隠さない。そのうえで社説は、フィリピンは「日本との対等な立場を確認」し、「部隊が駐留する期間や、その活動の監督方法についてもきちんと定義されなければならない」と、主張している。
翻って日本国内では、円滑化協定を結ぶにあたってフィリピン側にこのような懸念の声があることはあまり報じられていない。社説は日本を「戦略的かつ信頼できる戦力である」と表現する一方、第二次世界大戦ではフィリピンを占領し、「フィリピン人慰安婦」の問題を起こしたことにも触れている。そうした歴史が両国に影響を与えている側面があることを、われわれは忘れてはならない。
中国不信を背景に高まる米国への期待
この協定が結ばれたのもう一つの背景として、フィリピン国内で中国に対する不信感が高まっていることが挙げられる。同紙は7月4日付の社説でも「米中対立のはざまで」と題してこの問題を取り上げ、フィリピン国内の調査会社が2023年4月に発表した調査結果について紹介した。
この調査報告書によれば、フィリピン人の43%は米国と歩調を合わせるべきだと回答し、中国側につくべきだと回答した人は3%にとどまったという。
「軸足を米国へと転換することは、南シナ海における近年の中国の好戦的なふるまいに対して功みな戦略と言えるだろう。しかし、米中の対立が深刻化するなかで、フィリピンがどちらかの軍事拠点として利用される事態は避けなければならない。米国との連携がフィリピンにとって利益になることを確実にする責任が、大統領にはある」と、社説は訴えている。
(原文)
①https://opinion.inquirer.net/175134/lessons-for-ph-japan-pact
②https://opinion.inquirer.net/174915/caught-between-the-us-and-china