ベトナム映画の今昔 変わる作風と映画館事情
プロパガンダ、娯楽コンテンツから世相を映す鏡へ

  • 2019/9/10

大学時代に出会ったベトナム映画

 大学時代に横浜市で開かれたイベントで、古いアジア映画を何作品か見る機会があった。その中にベトナム映画があり、月夜の陰影を映し出した美しい描写に心惹かれた。卒業後に働き始めた福岡市では、毎年「アジアフォーカス福岡映画祭」が開かれ、ベトナム映画もほぼ毎年出品されていた。趣味と取材を重ねて通ううちに、ベトナム映画の監督や俳優さんと交流が始まった。

 当時、国を代表する人気女優だったホン・アインとマイ・ホアは、ともにホーチミン在住で、私がベトナムで暮らしたいと話すと、とても喜んでくれた。特にマイ・ホアは、ホーチミンでの家探しを買って出てくれ、私は今でも彼女が見つけてくれた大家さんの物件に暮らしている。

 彼女たちが共演した「Doi Cat」(邦題:「砂のような人生」、1999年公開)は、国内外の映画祭でも高く評価された。作品の舞台は、ベトナム戦争終結から20年後のとある漁村。戦争で南北に生き別れた夫を待つ妻、彼女を思い続ける元兵士の男性、そして彼を思い続ける両足を失った女性。彼らが暮らす村に生き別れた夫が戻ってくる。しかも彼は北部で新しい妻を娶り、二人の間には娘がいた――といった内容。この新旧!?の妻を演じているのが、上記の二人の女優なのである。

 役者陣の演技は素晴らしく、タイトルにもなっているように”砂”が全編にわたり登場する。ホーチミンから海沿いに向かい200キロほど北にあるムイネーという漁村がロケ地で、ここは美しい砂丘が広がっている。風に吹かれて舞い上がる砂、運命という風に翻弄される人間の姿を投影しているかのよう。機会があればぜひ観ていただきたい珠玉の作品だ。

検閲、そして、プロパガンダとしての役割

 さて、映画作品というのは政府の検閲の対象になっている。映画だけでなく、演劇や音楽についても、歌詞やセリフ、プロットに至るまで文化情報省がチェックを行い、公序良俗に合うか、あるいは反政府的な要素が入っていないかを確認する。私が把握していた限り、1990年代後半にホーチミンで映画を制作していたのは、ほぼ国営のGiai Phong(解放)フィルムという会社だけで、全国で見ても年間10本も制作されていなかったように思う。

映画館は昔の印象とは一変した。チケットは有人カウンターのほか、機械で買うこともできるし、インターネットで事前に購入することもできる。キャッシュレスの流れはここにも波及している(筆者撮影)

 当時は、南ベトナム時代から残る古い映画館の入り口に味のある手描きの看板が掲げられていたものだ。映画館自体もなかなか癖のある場所で、暗くてちょっと湿っぽく、純粋に映画を楽しむというより、男女の睦みあいの場所としても、一部好まれていたのは事実。私のように純粋に映画を楽しみたい人は、国営映画会社直営の劇場で見るのが安全だと言われていたほどだ。

 当時、全ての作品を観たわけではないが、ベトナム戦争をテーマにしたものや、戦争をモチーフに描かれたもの、王朝時代を舞台にした歴史物などが多かった。それは、映画が芸術作品であると同時に、政府のプロパガンダ的な役割を長く担ってきたことが背景にあったためだろう。4月30日のサイゴン解放記念日が近づくと、戦争中の記録映像がテレビで多く放送されたものだ。国営の映画会社が前線で果敢に撮影に臨み、その姿を現在に伝え続けてきた役割は大きい。

 ちなみに前述の「Doi Cat」は、ベトナム人民解放軍発足55周年を記念して制作された作品だ。そうした背景を知ると、当時のベトナム作品に戦争の傷跡や、傷を乗り越えて生きようとする市井の人々の姿が描かれているのは当然の流れだったのかもしれない。

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