ミャンマー(ビルマ)知・動・説の行方(第14話)
仏教信仰に根差したパオ文芸文化組織の活動と民族意識の高揚

 民族をどうとらえるか―。各地で民族問題や紛争が絶えない世界のいまを理解するために、この問いが持つ重みは、かつてないほど高まっています。一般的に、民族とは、宗教や言語、文化、そして歴史などを共有し、民族意識により結び付いた人々の集まりを指すとされますが、多民族国家ミャンマーをフィールドにしてきた文化人類学者で広島大学名誉教授の髙谷紀夫さんは、文化と社会のリアリティに迫るためには、民族同士の関係の特異性や、各民族の中にある多様性にも注目し、立体的で柔軟な民族観の構築が必要だと言います。

 特にビルマとシャンの関係に注目してきた髙谷さんが、多民族国家であるにもかかわらず民族の観点から語られることが少ないミャンマー社会について、立体的、かつ柔軟に読み解く連載の第14話です。

ターバン状にしたタオルや布を頭部に巻く姿が特徴的なパオ族(2019年3月20日、筆者撮影)

「パオ族の日」の祝賀会(1984年3月16日)

 第1話で紹介したように、ラングーン大学(現在のヤンゴン大学)にはさまざまな民族の人々がいて、それぞれに文芸文化委員会を組織していた。パオ族の文芸文化委員会も歴史があり、精力的に活動していた。筆者は、文部省(当時)のアジア諸国等派遣留学生として同大学に留学していた1983年から1984年の2年間、シャン族やカレン族(ビルマ語でカイン族)、チン族など、さまざまな民族の記念日に参加する機会に恵まれたが、なかでもパオ族の積極的な活動ぶりは印象に残っている。

 パオ族といえば、ターバン状にしたタオルや布を頭部に巻いている姿が知られている。そんなパオ族は、ビルマ語で「山の民」を意味する「タウンドゥー」とも呼ばれてきた。平地に住むビルマ族がそう呼ぶようになったと考えられる。

パオ族の日の祝賀会で晴れやかに笑う参加者の女性(2019年3月20日、筆者撮影)

 大学で開かれた「パオ族の日」の祝賀会に参加したのは、1984年の3月16日のことだった。パオ族の日は、西暦では3月頃、ビルマ暦でダバウン月の満月の日に当たる。仏教信仰に篤く、現在のモン州のタトーンに、シェザヤン・パゴダを建立した王がこの日に生まれたという伝説にちなんでいる。当日はキャンパス内に設けられたステージで舞踊が披露され、僧侶が鑑賞していたのも印象的だった。

 2006年に出版された彼らの自民族誌には、ヤンゴン大学、マンダレー大学のパオ文芸文化委員会が主導し、毎年、パオ族の日祝賀会を開催していると記されている。パオ族は、第1話で紹介した諸民族文化発表共演大会でも、主要8民族に加えて独自にステージ・パフォーマンスを披露しており、積極的な活動の様子がうかがえた。

タオルや布を頭に巻いた「山の民」

 それから35年の歳月が経過した2019年3月20日、マンダレー大学で講演するためにミャンマーを訪れた筆者は、ヤンゴン大学でパオ族の文芸文化委員会議長を務めていた教員に誘われ、ヤンゴン管区内のパオ寺院で開かれたパオ族の日の祝賀会に参加する機会を得た。

 当時は、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が政権を掌握しており、祝賀会の式次第にもそのことがうかがえた。当日は、僧侶への仏飯喜捨に始まり、パオ族の旗の掲揚やパオ族の歌の斉唱、ミャンマー国歌の斉唱などが行われた。その後、来賓として招かれたヤンゴン管区のラカイン民族担当議員(第9話参照)が祝辞を述べ、135民族の多様性と関係性に言及しつつ、民族団結の重要性を強調した。アウンサンスーチー国家顧問や、パオ民族組織(PNO)代表からの祝辞の代読もあった。食事の饗応を受けた後は、博士号を取得した僧侶や、ダンマサリヤ・パーリ語の国家検定合格者の表彰、大学入試の成績優秀者への賞状授与なども行われた。

 パオ族を視覚的に特徴付けるのは、前述のように、ターバン状にしたタオルや布を頭部に巻いている姿である。イベントでは、男女を問わず参加者の多くが、龍のブローチやパオ族の旗のバッジを左胸につける。さらに女性たちは、ターバンの間に龍形の飾り物を挿す。パオ族のシンボルは、男性の行者と雌の龍の化身のペアで、垂れ幕や参加者のリボン徽章にも描かれていた。

 開会式が終わった後、パオ族の僧侶と共に筆者に同行してくれたヤンゴン大学の教員にパオ族の文化保護活動の近況を聞いたところによれば、ヤンゴン市内にはパオ族ゆかりの寺が23あり、うち2つの寺院で同じように修学僧を受け入れているということだった。また、ほとんどのパオ族は仏教徒で、仏教信仰に根差した諸活動を行っているという。なお、パオ族の中央文芸文化組織は、シャン州都のタウンジーで20年ほど前に設立されたと聞いた。

 この教員とは、彼女が博士論文を執筆している時に親しくなった。彼女は、故郷シャン州の州都タウンジーで毎年11月中旬に開かれる熱気球祭りをテーマに取り上げ、2009年から2012年にかけてフィールドワークを行い論文を仕上げた。この祭りは、お釈迦様をロウソクの光で迎えるという習慣から始まった仏教信仰に基づくダザウンダイン灯明祭りの一環として行われてきたものである。しかし、彼女は論文の中で、熱気球を上げるチームの中に仏教徒でない人々、具体的にはムスリムが参加している様子を描き、「この祭礼の場で社会統合や社会的同化を促すような創造的なパフォーマンスが見られる」と分析していたため、驚いた。なお、この熱気球祭りは、2020年初頭から広がったコロナ禍と、翌2021年に起きた軍事クーデターの影響を受けて3年ほど中断されていたが、2023年より再び開かれている。

人口的にも経済的にも存在感を発揮

 パオ族が集住しているのは、カレン州、モン州、そしてシャン州である。このうち、カレン州とモン州では、パオの民族担当議員が任命されている。シャン州では、2008年のミャンマー連邦共和国憲法によってパオ族の自治地域を設置することが認められた。第3話で引用した2019年の総務局の報告によれば、シャン州内のパオ族の人口は約68万人。このうち、前出の熱気球灯明祭りが行われるタウンジーでは、約38万人のうち16万人がパオ族と最も多く、ビルマ族が約15万人である。なお、シャン族が約2.6万人にとどまっていることを鑑みても、祭礼の主体はパオ族だと言える。前述のヤンゴン大学の教員が、博士論文のテーマに熱気球灯明祭りを選んだこともうなずける。

パオ民族の祝賀会では、博士号を取得した僧侶や、ダンマサリヤ・パーリ語の国家検定合格者の表彰、大学入試の成績優秀者への賞状授与なども行われた(2019年3月20日、筆者撮影)

 そんなパオ族は、近年、経済面でも存在感を増している。タウンジーとインレー湖周辺は、ミャンマーの最大都市ヤンゴンを除けば、バガン、マンダレーと並ぶ同国有数の観光地である。1990年代から開放政策が進められる中で、大規模なリゾートやバンガローが複数、建設された。

 なかでも代表的な施設が、前出のPN0がオーナーを務めるゴールデン・アイランド・コテージというインレー湖畔の水上コテージである。軍事政権と停戦合意を樹立したPNOは、地域開発の主体として活動しつつ、南部シャン州の治安維持を担うようになり、観光産業にも参入した。1996年に南岸のナンパンで開業し、2000年には東岸のタレーウーでもオープンした。ホテル観光省の統計によれば、ミャンマーに空路で入国する外国人観光客は2014年に100万人を超え、コロナ禍直前には180万人近くに達したが、その後、2020年には33万人、2021年は2万人足らずに激減した。ウェブを見る限り、どちらのホテルも今なお営業を続けているようだが、2021年の軍事クーデター後、現地では混迷が続いており、観光セクターの現状は不透明である。

 なお、インレー湖の周辺には、インダー族が居住している。上述した2019年の総務局報告では、人口はシャン州内で約13万人。インダー族と言えば、第3話で紹介したラングーン大学のシャン文芸文化委員会の書記長は、インダー族であった。「インダー」とは、ビルマ語で「湖の人」という意味である。文化的にはシャン文化の影響を強く受けているが、言語的にはビルマ語の方言を話す。自分たちは、インダーと同じ語源に由来する「アンサー」と呼ぶ。

 インダー族は、パオ族と違い反政府闘争に組織的に参加することはなく、民族自治地区も与えられていない。その理由は、逆説的に言えば、彼らがマジョリティあるビルマ族と明示的に対立関係になかったためだと言えるかもしれない。

パオ族の女性たちはターバン状に巻いた布の間に龍形の飾り物を挿す(2019年3月20日、筆者撮影)

 ヤンゴン管区内にどれくらいのパオ族が居住しているかは、残念ながら統計がない。しかし、冒頭で紹介した通り、筆者が1984年にラングーン大学で、そして2019年にはヤンゴン管区内の寺院で参加した「パオ族の日」の祝賀イベントは、上述のように十分に自民族意識の高揚が感じられ、その存在感を確実に伝えるものであった。

 

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